『トレブリンカの地獄』 ワシーリー・グロスマン著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

トレブリンカの地獄 《ワシーリー・グロスマン前期作品集》

『トレブリンカの地獄 《ワシーリー・グロスマン前期作品集》』

著者
ワシーリー・グロスマン [著]/赤尾光春 [訳]/中村唯史 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784622085850
発売日
2017/05/26
価格
4,968円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『トレブリンカの地獄』 ワシーリー・グロスマン著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

人間への信頼と覚悟

 グロスマンは旧ソ連の作家でありジャーナリストである。第二次世界大戦中は従軍記者としてヨーロッパの戦場を取材、スターリングラード攻防戦など自ら目撃体験、ユダヤ人であったためにナチス・ドイツに母を殺害されてもいる。晩年は体制への批判を強めて政府に睨(にら)まれ、ロシアの人々が戦争をいかに生き抜き、そして死んでいったかを、壮大にして緻密に描いた一大叙事詩『人生と運命』を完成させたものの、これも発表できないまま、西側にひそかに持ち出された原稿が世に出たのは一九八〇年だった。

 その人生に『ドクトル・ジバゴ』のパステルナークを、あるいは従軍経験にヘミングウェイを想起したりもするが、私がグロスマンの名を知ったのは第二次大戦史で知られる英作家アントニー・ビーヴァーのノンフィクション『赤軍記者グロースマン』だった。こんな作家がいたのかとおどろきはしたものの、読みたくとも手に取れる作品がなかった。だから、二〇一二年に『人生と運命』が訳されると、東日本大震災後の混乱の日々、読者になにかを語りかけ未来を委ねるかのような全三巻の大長編をむさぼるように読んだ。

 本書は第二次大戦中に執筆されたルポ・短編・戯曲十編を収録、ナチス絶滅収容所に関する最初期のルポである表題作をはじめ、従軍記者としての戦場の記録と記憶がいずれも生々しいが、だからこそかなおさらそこに人間への静かな信頼が読み取れる。みすず書房のグロスマン紹介は『人生と運命』『万物は流転する』『システィーナの聖母』に本書と続いて、そのどれもに戦争と政治に引き裂かれ傷を負いながら、それでも静かな覚悟と人間への信頼が共鳴する。過酷な運命にグロスマンは人間への信頼を失わなかった。いや、過酷だからこそ信じたのか。グロスマンが作品に込めた祈りがそこにあるように思えてならない。赤尾光春、中村唯史訳。

 ◇Василий Гроссман=1905~64年。ウクライナのユダヤ人家庭に生まれる。

 みすず書房 4600円

読売新聞
2017年7月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加