「心にうなぎが必要な、そんな人たちに届けたい」『うなぎ女子』刊行記念インタビュー 加藤元

インタビュー

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うなぎ女子

『うなぎ女子』

著者
加藤元 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911782
発売日
2017/07/18
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「心にうなぎが必要な、そんな人たちに届けたい」

[文] 吉田伸子(書評家)


『うなぎ女子』著者の加藤元さん

 2009年、第4回小説現代長編新人賞を受賞した『山姫抄』でデビューした加藤さんの新刊は、とある鰻屋を訪れる女子たちのドラマだ。等身大(しかも、ちょっとダメ系)の登場人物たちの造形に定評のある加藤さんだが、本書でも、彼女たちの真ん中にいる、万年脇役(「たいがいのドラマの中で命を落とす」役)の役者・権藤佑市のキャラはその最たるものだ。刊行にあたり、作者の加藤元さんに本書についてお話をうかがった。

 物語は、佑市とは事実婚関係にある笑子の章「肝焼き」で幕を開ける。冒頭、笑子から見た佑市の描写に、のっけから膝を打ってしまう。四十は越えているのに、下手をすると二十代でも通用するかもしれない、という佑市のその容貌を、笑子はこう評するのだ。「男で若く見えるのは、自慢にはならない」この笑子の一言で、読み手には多分にダメ系である佑市のキャラばかりか、笑子のキャラも伝わってくる。こういうさりげない巧さ、も加藤さんの持ち味だ。

 第二章の「う巻き」に出てくるのは、加寿枝。離婚して、自分と妹弟を育てるために昼夜なく働く母親の代わりに、加寿枝は幼い頃から台所を預かって来た。今は、駅構内にある立ち食い蕎麦屋で働いている。そんな加寿枝に舞い込んだお見合い話。お相手は大学の先生で、一度会ってはみたものの、その時は向こうから断って来たのに、再び向こうから連絡が来る。当初は断るつもりだった加寿枝だが、先生から、ぜひ連れて行きたいお店がある、と言われ、そのお店が鰻屋だったものだから、加寿枝は断れなくなってしまい、渋々出向く。ちなみに、加寿枝と佑市の関係は、高校時代の加寿枝の片思いの先輩――バレンタインに手作りチョコを渡して告白するも、あっさり玉砕――という設定だ。

 この大学の先生・大月が、まぁ、鼻持ちならない。学者バカといえばまだ可愛げがあるけれど、ことさら知識をひけらかすその態度は、読んでいてこちらまでがカチンとくる。だが、終盤、思わずぐっとくる展開になっていて、そこもまた、加藤さんの巧さだ。


「本当はそんなに悪意がないんだ、とか。そういう気持ちが小説に出ているかもしれません」

『あの先生のキャラは、途中まで悩んでいて、本当はもっと嫌なやつにしようかとも思っていました。そして、加寿枝にフラせてしまう、と。でもそれだと、加寿枝が救われない感じがして。あと、ご飯を食べてるのに、あんまりいい気持ちがしないだろう、と。なので、最後に(大月先生を)ちょっといい人にしちゃいました。実人生では人間を丸ごと信じている、というわけでもないのですが、小説の中では信じたいですよね。本当はそんなに悪意がないんだ、とか。そういう気持ちが小説に出ているかもしれません』

 加寿枝の母が離婚した理由、これがまた実にリアルだ。職を転々とする父親を必死に支えて来た母親の堪忍袋の緒が切れたのは、父親が「裏の鰻屋にこっそり一人で行っていた」からだった。「おかあさんが一日じゅう働いて、あんたたちがろくなものも食べられないときにね。ひとりだけ、おいしいものをたべていた。どんなことでも我慢できたけど、そのことだけは、どうしても許せなかった」。ちょっぴりおかしくて、でも切ないその理由。

『男の人って、あんまり悪気なくその手のことをやりがちですよね。このエピソードは、私の父の実話をアレンジしました。うちの両親も離婚しているんですが、母がしつこく言うんですよ。父が一人で葛餅を食べていた、と。うちが一番貧乏だった時で、あんたたちだって甘いものなんて贅沢で食べられなかったのに、と。昔は、そんなこと言わなきゃ(子どもである)私たちは知らないで済んだのに、と思っていたんですが、今になると、母親は悔しかったんだな、とその気持ちが分かります(笑)』

 加藤さんの口から「実話」という言葉が出たが、本書に登場する女子たちのドラマで、加藤さんの思い入れが強いのは、三章に登場する史子だという。これまでの作品では、登場人物に自分を仮託することはなかったのだが、本書では一部を史子に投影した、と加藤さんは話す。


「本書に関しては、読後感の良さを大事にしたかったんです」

『もちろん、フィクションですからありのまま描いたわけではないのですが、実際の担当編集者さんに愚痴った話とかを使っている部分もあります。仕事のことで、もう本当に色んなことがあって、自分の中でいっぱいいっぱいになってしまっていたんです。これはもう、どこかで吐き出さないと、というレベルにまでなってしまっていました』

 史子は、佑市が笑子と暮らす以前に、もう一人、男友だちと三人でルームシェアをしていた。母の再婚相手である義父との折り合いが悪かった史子に、アルバイト先が同じだった佑市が、それならうちに来ればいい、と誘ったのだ。五年前、史子は小さな文学賞を受賞してデビューした。夢はベストセラー作家だったが、その夢はまだ遠い。そればかりか、本来なら共闘してくれるはずの担当者からは、耳を疑うような言葉を投げつけられる。

『自分の中にあるヘドロのようなものを出したので、どういうふうに受け取られるか不安はありましたが、担当者さんからOKをいただけてほっとしました。エンタメなのに私情を交えて申し訳ないと思う反面、こうでもしないと、というギリギリの精神状態でもあったんです』

 この三章のあたりから、佑市という男のキャラに対する印象が徐々に変わってくる。そして、四章、最終章の五章と、読み手に「本当の佑市」が見えてくる。

『最初は、佑市のことを本当に悪い男、というキャラで考えていたんですが、でもそうすると話が全然すっきりしない。本書に関しては、読後感の良さを大事にしたかったんです。食べ物の話ですしね。前に洋食屋さんをテーマに小説を書いたのですが、その時は、読まれた方が、読後に洋食を食べにいこうという気持ちにはならなかったみたいなんです。なので、今回はその点は気をつけました。その作品自体には自分の中で悔いがあるわけではないのですが、美味しい食べ物の話を期待して読んでくださった読者を裏切っちゃったな、と。私自身、食べ物についてのエッセイだったり小説を読んで、お腹が空いた、という気持ちになりたいので』

 執筆にあたって、加藤さんは最初に緻密にプロットを作り上げるのではなく、プロット自体はざっくり、だと話す。とりわけ本書は、「鰻屋さんの話で」くらいから始まったそうだ。


「本書は最初に考えていたオチとは結構変わりました」

『私は、連作にする場合は一本の筋みたいなものを通して、最後にオチがつくというものにしようと思っているんですが、本書は最初に考えていたオチとは結構変わりました。最初のオチでいくと、どうやってももやもやとしたものが残ってしまう。先ほども言いましたが、今回は読後感を大事にしたい、そこにはすごく気をつけたので、書いては消し、書いては消し、で二話分くらい自分でボツにしています。連作ではなく長編だったら、最初から結末は決まっているので、あんまり迷わないんですが。それと、今回はハッピーエンドにしているので、そこも難しかったです。私は、安易なハッピーエンドというのは、やってはいけないと思っているので』

 加藤さんが描いたハッピーエンドがどういうものなのか、は実際に本書を読まれたい。何よりも本書がいいのは、読み手が、登場人物たちそれぞれに幸せになって欲しい、と自然に思ってしまうところだ。その幸せは、自分のお金で自分のご飯が食べられる、時には自分へのご褒美として鰻を奮発できる、という、そういう等身大の幸せ、なのだ。そこが本当にいい。そういう意味では、本書自体が、頑張って生きている人たちへの、ご褒美なのだと思う。読後、無性に鰻が食べたくなること、請け合います!

取材・文:吉田伸子

光文社 小説宝石
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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