『ニュータウンクロニクル』
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ニュータウンのゆくえ
[レビュアー] 中澤日菜子(作家)
物語のモデルである多摩ニュータウン。日本有数の巨大な人工都市。整然と並ぶ同じ規格の団地は、部屋の間取りまでほとんど一緒だ。住民を守るため車歩分離の道路がきっちり通り、公園は明るく、住区ごとに割り当てられた商店街は生活に必要なものだけを売り、間違っても不道徳なもの、犯罪の温床につながるような店はない。
清潔で安全な町。すべてが「決められた」町。それはいっけん究極の理想都市のように思える。けれど住んでいたわたし、それも思春期のわたしにとっては、管理の行き届いた面白味のない場所に映った。
わたしには故郷がない。ふるさとと呼べるような風景を持たない。
そのことをずっと引け目として感じて来た。古い町からやってきた友だちから「その町のにおい」を嗅ぎ取るたび、おのれの無味無臭さを悔しく思った。けれどあるとき、古い漁港出身の友だちに言われたのだ。「あるじゃないか故郷。おれにとってはニュータウンこそ異界であり、わくわくする場所だよ」と。それからだと思う。ニュータウンを「中の目」で見るのではなく「外の目」を通して捉え直してみようと思ったのは。
わたしの育った町は、もしかしてただの集合住宅のカタマリだけではないのかもしれない。
作られた都市だからこその生活のにおいや、ひとびとの喜び苦しみがあるのかもしれない。
そう考えて紡ぎ出したのが、この『ニュータウンクロニクル』という物語である。ニュータウンの誕生から近未来、その五〇年という歳月を、時代時代に生きたひとびとの目線で描く。団地の一室で、小学校の教室で、商店街の片隅で。生きたひと、それぞれの息吹がやがておおきな雲をかたちづくる。書き上げたいま、わたしはその雲のゆくえを楽しみに空を見上げている。