『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』
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勇気づけられる天才気象学者の軌跡
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
1997年6月、『天気に捧げた我が人生』という特番の制作で、オクラホマ大学を訪れた。当時、ここは竜巻研究の一大拠点。映画『ツイスター』のモデルにもなった、「トルネード・チェイサー」と呼ばれる研究チームが活動していた。彼らはドップラー・レーダーなどの機器を満載した車で命がけの観測を行う。そのデータは、気象庁が出す竜巻予報や避難勧告に生かされていた。
取材した佐々木嘉和名誉教授やジョス・ワーマン助教授との会話に、「F」という言葉が何度も出てきた。これは竜巻の強さを示す尺度で、F0からF5まである。たとえばF2は毎秒50~69メートルの風速で、列車脱線や大木倒壊が起きる規模だ。この「Fスケール」の生みの親がシカゴ大学の藤田哲也博士であり、Fは藤田の頭文字からきていた。
本書は、藤田哲也という天才気象学者の軌跡を追ったものだ。しかも「Mr.トルネード」とまで言われた竜巻研究の陰に隠れた、もう一つの偉大な功績にスポットを当てている。それは70年代に多発した飛行機事故の原因究明だ。着陸直前、突然コントロール不能に陥った事故の背景に、「ダウンバースト」という猛烈な下降気流があることを突きとめたのだ。その後、様々な対応策が講じられるようになり事故は激減していく。
「Fスケール」、そして「ダウンバースト」の藤田哲也。ノーベル賞級の人類への貢献であり、日本でその名が知られていてもおかしくない。しかし、なぜかほぼ無名だ。著者は彼の歩みを丹念に追い、「Mr.トルネード」が日本だけでなく、アメリカの学界においても微妙な位置にあったことを明らかにしていく。そこには、あまりに独創的な研究方法とユニーク過ぎる研究者の姿がある。
98年に藤田が没してから約20年。本書によって、ようやく正当な評価と共に実像が示された。あらためて、「こんな日本人がいた」事実に驚かされ、勇気づけられるのだ。