なぜ? 道路下の土を舐めるシカ 無人カメラがとらえた日本の自然

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森の探偵

『森の探偵』

著者
宮崎 学 [著]/小原 真史 [著]
出版社
亜紀書房
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784750515007
発売日
2017/07/03
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

人間の認識を超えた現実を写し出す装置と言葉の重み

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 人家にクマが侵入、というニュースが流れると、今年は山にドングリが少なくて、などとコメントする専門家の言葉を、なるほどと聞いてしまうが、本当なのだろうか。

 無人カメラを使って自然界を観察する宮崎学に、親子ほど歳の離れた若い映像作家が話を聞いた。人間の認識を超えた現実を写し出す写真装置と五十年以上関わってきた宮崎の言葉には説得力がある。クマはドングリだけを食べるわけではない、山には他の食糧が充分にあると宮崎。なら、どうして人里に降りてくるのか。それは人間が意識せずに餌を提供しているからだ。墓のお供えを食べるサル、養魚場を漁るクマ、道路下の土を舐めているシカの集団などが、無人カメラに写る。お供えは分るとしても、道路下の土はなぜ? 冬場に路面に撒かれた凍結防止剤の塩が染み込んで、山では得難いミネラル分の豊富な土壌ができあがったのだ。

「自然破壊」とお題目を唱えるように言うが、自然の力はむしろ強まっているという。都市に人口が集中し、自然界とのバリアだった里山が消滅して自然が強大になり、動物との距離が近づいたのだ。

 彼らはまばゆいライトをものともせずに夜間も動きまわり、思いもよらない場所を伝って行動範囲を拡げるなど、人間の鈍感さに乗じて苦労の少ない快適な生活へと日々更新をつづけている。「自然破壊」というような人間寄りの「反省」をしている場合ではないのだ。動物を遠ざける要素が人間の社会からなくなっていることに、着目すべきなのだ。

 かつて飼い犬の重要な仕事は野生動物を遠ざけることだったが、いまはペットとして愛を提供するのが仕事。こうした人間社会の変化のすべてが、「人圧」の弱さにつながっている。森は森の、動物は動物の事情を生きることで成立している自然環境を、複眼的にとらえる視点を持たない限り、人間と自然の共生などありえないのである。

新潮社 週刊新潮
2017年7月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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