博報堂がアイデアを生み出すために定めている6つのルール
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『博報堂のすごい打ち合わせ』(博報堂ブランド・イノベーションデザイン局、SBクリエイティブ)の「はじめに」には、次のようなフレーズが登場します。
博報堂の打ち合わせは、50%が雑談でできている。(「はじめに」より)
これは2009年、東京大学大学院・教育学研究科の岡田猛教授の研究グループが、「博報堂のアイデアを生成する力の研究」をテーマに分析を行った結果、導き出されたもの。しかし仕事をさぼっているということではなく、打ち合わせの半分を占める雑談には目的があるということなのだそうです。
博報堂の打ち合わせ中の会話には、じつは「しくみ」があるのです。雑談は、そのしくみの中から生まれています。それを知らない第三者の視点から見ると、雑談ばかりが飛び交っている博報堂の打ち合わせは、かなり“特殊”に映るかもしれません。(「はじめに」より)
そんな博報堂では、「博報堂の打ち合わせ術」をより発展させて活用できるように、社内でプロジェクトチームを立ち上げ、社員が共有する打ち合わせ術の暗黙知(経験や勘に基づく知識)を体系化したのだといいます。つまり、その内容を反映させたのが本書だということ。そのなかから、第3章「博報堂の『話し方』『聞き方』6つのルール」を見てみることにしましょう。博報堂の打ち合わせを語るにあたっては、「話し方」「聞き方」のルールが欠かせないというのです。
ルール1. アイデアは紙に書きながら話す
博報堂の本社には200室以上のミーティングルームがあり、その多くにはA4のコピー用紙とサインペンが置かれているそうです。いうまでもなく、打ち合わせ中に出てきたアイデアや意見を紙に書き出すため。アイデアを白紙に書き出すことで、次のような効果があるのだといいます。
・ 手書きにすると、未完成感、アイデア段階という印象が出るので、相手も意見が言いやすい
・ ふせん紙よりもスペースを大きく使えるので、図や絵を入れやすい。図や絵を使って表現すると、イメージを相手と共有しやすくなる
・ 大きな紙に大きな文字で書くと、発想も大きく広がりやすい
(76ページより)
また、事前にアイデアを用意する場合には、出揃ったアイデアをグルーピングしやすくなるという理由から、「コピー用紙1枚につき、1アイデア」で持ち寄る社員が多いのも特徴。
なお博報堂の本社にある会議室の壁は、ほぼすべてホワイトボードになっているそうです。打ち合わせ中に出た意見を直接紙に書き出したり、紙に書いたアイデアを張り出したりするため。そうすることにより、アイデアを参加者全員で共有しやすくなるわけです。加えて壁にあるアイデアは、参加メンバーのなかで無意識のうちに「個人のもの」から「みんなのもの」という位置づけに変わりやすくなるという効果も。
一般的な打ち合わせでは、資料やノートパソコンの画面を眺めたりして、参加メンバーの目線は下になりがち。しかし意見やアイデアを壁に張り出すことで、参加メンバーの目線が壁に移り、目線が高くなりやすくなります。すると、参加メンバーの打ち合わせに臨む姿勢も前向きになるのだそうです。(76ページより)
ルール2. 「アイデア」と「コンセプト」を分けて会話する
アイデア出しの打ち合わせでは、参加メンバーが各自で事前に考えたアイデアを用意するのだとか。そして博報堂のアイデア出しの打ち合わせの現場は、「ビーチフラッグの旗を誰が取ることができるか」というイメージで行われるのだと著者は記しています。
ちなみに博報堂社員が狙っている「フラッグ」とは、アイデアではなくコンセプト。特に1回目のアイデア出しの打ち合わせにおいて重要なのは、アイデアそのものではなく、「コンセプトを決める」という共通認識を行うことなのだそうです。
たとえば「社員の団結力を高める」ことを目的とした社内イベントのアイデアを考えてください、というお題があったとします。それに対して、3人の社員が持ち寄ったアイデアは次のとおり。
Aさん:みんなでボーリング大会を行い、盛り上がる
Bさん:家族ぐるみでBBQに行き、親睦を深める
Cさん:オフィスに本棚を置き、ひとり1冊オススメ本を持ち寄る
(81ページより)
このとき、「どの案を採用するか?」ではなく、「これらの案の裏には、どのようなコンセプトがあるのか?」を話し合うことが大切だという発想。というのも、アイデアの裏側には、それぞれが考えた「狙い」があるから。
たとえばCさんの「会社に本棚を置く」アイデアの裏には、「本を持ってくることで、その人の仕事以外の『オフ』の趣味や関心事がわかると、話しかけやすくなる」という「狙い」があったとします。テーマは「社員の団結力を高める」ことですから、ただボーリングやBBQで盛り上がるより、この案のほうが効果的かもしれません。すると、この場合のコンセプトは「人となりがわかること」となるわけです。
そうなると、他にも人となりがわかるアイデアを出すことができるでしょう。このように、具体的なアイデアと、抽象的なコンセプトを行き来する発想法は、博報堂におけるアイデアの基本的なルール。特に最初の打ち合わせでは、話す側も聞く側も、「アイデア」と「コンセプト」を分けて考えながら会話をするようにしているのだそうです。(80ページより)
ルール3. 「原則論」や「べき論」で話をしない
「〜○○すべきだよね」という表現は、博報堂の打ち合わせではNG。必ず、「自分の言葉」で話すことが求められるというのです。「自分の言葉」とは、「率直に自分の本音を伝える」ということ。そして打ち合わせで大切なのは、参加者が「本音で」語り合うこと。「会社としてどう“すべきか”」ではなく、ひとりの生活者として、「こんなものがあったらほしい!」「こんなことをしてみたい!」と思うアイデアを出すようにするということです。
なぜなら「べき論」で話をすると、「ステレオタイプの認知(一定の型にはめて考えること)」にハマりやすくなってしまうから。しかし「やりたいこと」をやったほうが、個人の熱量もチームの熱量も上がるため、結果的にクリエイティブの質も上がるというわけです。(83ページより)
ルール4. 「ヘタな」会話のキャッチボールを「よし」とする
アイデアを検討する打ち合わせでは、「こういうアイデアはどう?」「違うなぁ」というように、「イエス or ノー」で答える直接的なコミュニケーションが多いもの。しかし、そうした会話を続けていくと、「正解はなにか?」と考える意識が強くなっていくため、思考の幅が狭くなっていきがち。その結果、固定観念に縛られた発想から抜け出せなくなってしまうわけです。
一方、「相手が思いもよらない意見」を話してもよしとする雰囲気があるのが博報堂の打ち合わせ。あえて相手のミットを「外す」ような発言が頻繁に行われるということ。新しい発想が生まれる会話をするためには、相手がどこまでの球なら捕球することができるのかを、少しずつ試すような作業に意味があるというのです。(85ページより)
ルール5. どんな意見でも絶対に否定しない
打ち合わせ中に出た意見は、どんなに些細なものでも拾う。たったそれだけでも、打ち合わせ中に出るアイデアや意見の数が増え、打ち合わせの場が劇的に活性化されるのだそうです。
人は一度でも自分の意見を批判されると萎縮してしまい、次に新しいアイデアを思いついても、言い出せなくなりがち。そのためメンバー全員が「自分の意見が大切にされている」と感じることが、チームでアイデアを出す際にはとても重要になるのだという考え方。
そこで、誰かがアイデアを出したら、「おもしろいね」「それ、なんかありそうだよね」としっかり受け止め、共感するようにする。仮に相手の話が「自分とは違うな」と思っても否定せず、一度、受け止めるようにすることが大切。打ち合わせで出る意見やアイデアは、ある意味、すべてが「正解」だという考え方です。(89ページより)
ルール6. 「人のアイデア」には一度乗っかってみる
博報堂の打ち合わせでは、他のメンバーがアイデアを出したり、意見をいったりしたら、とにかく便乗することを推奨しているのだそうです、相手から投げかけられた話を受け止め、つないで、次に展開させていくことで、議論の展開を加速させることができるというのがその理由。
とはいえ、「いいね、いいね!」と単に盛り立てるだけでは、人の意見に合わせているだけになってしまいます。そこで、自分と相手との意見が違う場合は、いったん「いいね」と受け入れたあとで、少しだけ内容をずらして答えるようにするといいそうです。
たとえば「そのとおりだね」と同意してから、「でも、こういうこともない?」と違う意見を提案してみる。相手を否定せずに受け入れることは必要ですが、受け入れるだけでは議論は活性化しません。そこで、受け入れてから角度を変えて話すことが大事だという考え方です。(91ページより)
「はじめに」で著者も認めていますが、一般的な打ち合わせでは、生産性を高めるべく効率化が求められるもの。そのため雑談の入り込む余地がなくなってしまうわけですが、本書に書かれている内容を実践すれば、つまらなかった打ち合わせが楽しくなるかもしれません。