[本の森 ホラー・ミステリ]『名探偵は嘘をつかない』阿津川辰海/『Y駅発深夜バス』青木知己/『義経号、北溟を疾る』辻真先/『宮辻薬東宮』宮部みゆき、辻村深月、薬丸岳、東山彰良、宮内悠介

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書籍情報:openBD

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 石持浅海や東川篤哉などを輩出した新人発掘プロジェクトは、その石持と東川を選考委員に迎え、Kappa―Twoとして十年ぶりに再始動。阿津川辰海を新たに発掘した。彼のデビュー作『名探偵は嘘をつかない』(光文社)は、少しばかり現実を逸脱した世界での本格ミステリだ。死者はある条件下で他者に生まれ変わり、警察は不可解な謎の捜査を探偵に嘱託する。謎解きはときに清々しく思えるほどに人命を軽んずる。そんな世界で著者は、名探偵に対する弾劾裁判を描いた。若き名探偵は、証拠を捏造し、自らの犯罪を隠蔽したのか。理知と混沌が繰り広げるモッシュが驚愕の火花を散らす青春劇。減点法の新人賞では世に出なかったかもしれない一冊にこうして出会えたことを喜びたい。

 青木知己は、五つの短篇からなる『Y駅発深夜バス』(東京創元社)で再始動ならぬ再デビュー。二〇〇三年発表の表題作は、日本推理作家協会と本格ミステリ作家クラブ、それぞれの年刊アンソロジーに収録されるほどの高評価を得た短篇だ。ある男が深夜のバスで体験した怪異が、くるっと回って意外かつ苦い形で着地する衝撃が強烈。その短篇と〇五年発表の「九人病」(怪談の内と外を揺蕩(たゆた)う妙味を堪能)に、書き下ろしの三篇を加えたこの一冊は、まさに粒ぞろい。かつそれぞれに輝きが異なる。中学生の青春恋愛ミステリ「猫矢来」もあれば、読者への挑戦をはさんだ盗難事件の犯人当てとその後を描く「ミッシング・リング」、さらには時刻表トリックを犯罪者視点からコミカルに描いた殺人喜劇「特急富士」さえある。これを二〇一七年の大収穫といわずしてどうする?

 辻真先の最新作『義経号、北溟(ほくめい)を疾(はし)る』(徳間書店)は、明治天皇を乗せた蒸気機関車を巡る冒険小説。予定に反して夜汽車になってしまったという史実を活かし、そこに新撰組の残党や清水次郎長の子分、あるいは狼に育てられた少女を配置して列車襲撃の攻防を描き、さらに不可能犯罪の謎解きを加える。キャラクターよし疾走感よし。北の大地を轟音とともに疾る蒸気機関車の迫力は、ベテラン鉄道マニアの著者ならでは。五百頁を一気読みして大満足だ。

宮辻薬東宮(みやつじやくとうぐう)』(講談社)は、宮部みゆき辻村深月薬丸岳東山彰良宮内悠介という人気作家の手による連作短篇集だ。本書のルールは、先行作品の“なにか”を活かして自分の作品を書くということ。宮部みゆきが先頭を務める。辻村以降が何を拾い、どう育てたか。四人の取捨選択がまず愉しい。また、共通テーマ(となったもの)を得意とする作家もいれば、今回が初挑戦となる作家もいて、その相違も愉しい。もちろん個々の短篇の出来は折り紙付き。五つの素敵な物語を、その連鎖を、そしてその先を堪能できる贅沢な一冊。

新潮社 小説新潮
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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