『囚われの島』 谷崎由依著

レビュー

7
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囚われの島

『囚われの島』

著者
谷崎 由依 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309025773
発売日
2017/06/13
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『囚われの島』 谷崎由依著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

夢と繭から紡ぐ魂

 紡がれる言葉の向こうがわに、絶えずこちらの心を引っぱって離さない何ものかがある。目を見開いて正体を掴(つか)みたいような、あるいは目を瞑(つむ)り、その何ものかに宿る仄(ほの)かな温みにひたすら身を委ねていたいような……。名状しがたい心持ちでページを繰るうち、いつしかこの謎多い物語にすっかり囚(とら)われてしまう。

 冒頭に語られるのは、月夜の海原を島に向かって進む一艘(そう)の小舟の情景だ。それは主人公の由良が見る夢であり、彼女が出会った盲目の調律師、徳田の見る夢でもある。どうやら二人は同じ夢を島の内と外から見ているらしい。新聞記者として社会を見つめ、そして見つめ返されることにどこか傷ついてもいる由良は、やがて失った記憶と夢が重なる深淵(しんえん)へと沈み込んでいく。その暗みの奥から響くのは、かつて蚕都(さんと)と呼ばれた養蚕の村に生きた女性の独り語りだ。そこには自らの肌の上で蚕の卵を孵(かえ)す美しい少女がおり、村人から恐れ崇(あが)められた「島」があった。万葉集の相聞歌(そうもんか)、養蚕の神おしらさま、迷宮に閉じこめられた怪物ミノタウロス……古(いにしえ)の人々の口の端(は)に上った様々な言い伝えが名もなき村の一少女の運命へと収斂(しゅうれん)していき、気づけば冒頭の海原の情景が再び目の前に広がっている。舟を打つ波音の一つ一つが耳にこびりつくような、たおやかでいて濃密な描写から溢(あふ)れ出すその不穏な美しさに思わず息を呑(の)む。

 時代と場所を超え、反響しあう様々の声から成(な)るこの物語の底から徐々に浮かびあがってくるのは、太古の昔から連綿と受け渡されてきた一つの清廉な魂のようなものだ。もしくは、粗野な社会から爪弾(つまはじ)きにされ、犠牲にされ、それでも損なわれなかったかぼそい光のようなもの。少なくとも、そういうものがあると信じてみたくなる。小さな繭(まゆ)から丹念に紡がれた繊細ながらも強い糸さながらに、この静かな物語は読み手の心にそっと結びつき、遥(はる)か彼方の過去、未来との連環を為(な)して密(ひそ)やかに輝く。

 ◇たにざき・ゆい=1978年生まれ。作家、翻訳家。著書に『舞い落ちる村』。訳書に『喪失の響き』など。

 河出書房新社 1600円

読売新聞
2017年7月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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