『歴史ができるまで』 J・H・エリオット著

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『歴史ができるまで』 J・H・エリオット著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

学問の雄大なうねり

 近年は歴史ブームだと言われる。だが、歴史はただ存在し学ばれるものではなく、歴史家によって特定の方法や関心から調査され記述され作り出される。それは、学問という確固たる営みの上で、過去に新たな光を当てる現在からの視野である。本書は、歴史とは何かを考えたい人へのよき導き手となる。

 著者はイギリス人の近世スペイン史専門家。歴史学を専攻するきっかけを得た大学時代を始点に、今日に至る60年にわたる研究者人生を振り返りながら、様々な経験、共に研究した仲間、同時代の研究状況や生み出した成果から歴史の方法を縦横に論じていく。イギリス人ならではのウィットを交えた学識が一つの魅力的な語りとなって、歴史記述が生まれる現場を描き出す。伝記執筆の重要さを提案する本書が、それ自体一歴史家の自伝として、歴史を追う人々の歴史を記述していく様は実に興味深い。

 予期せぬもの、偶然の選択や出会いが新たな可能性を開いていく。フランコ独裁政権下でスペイン研究を始め、カタルーニャ地方を対象に選んで彼らの歴史と文化の困難を身をもって引き受けた若き日の研究。時はアナール派の全盛で、ブローデル『地中海』が対抗する見本となる。著者は一国の歴史を理想化する国民神話の解体を意図しつつ、国家を超えるトランスナショナル・ヒストリーの手法を展開していく。その姿勢が、研究主題である17世紀スペインの「衰退」と20世紀後半のイギリスとの重ね合わせを可能にし、美術史と連携した宮殿の復元、大西洋史といった比較史へと研究を広げさせる。一人の歴史家の歩みは20世紀後半から21世紀初めの歴史学の驚異的な進展を、私たち読者に追体験させてくれる。

 一読者として私も、西洋史の枠を超えた学問のダイナミックなうねりを肌で感じ、それを引き起こした主役の証言を聞く幸せに浸った。立石博高、竹下和亮訳。

 ◇Sir John Huxtable Elliott=1930年生まれ。オックスフォード大近代史欽定講座名誉教授。

 岩波現代全書 2500円

読売新聞
2017年7月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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