筒井康隆、作家としての遺言「小説書く人に、これだけは伝えておく」

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創作の極意と掟

『創作の極意と掟』

著者
筒井 康隆 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784062936958
発売日
2017/07/14
価格
770円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

筒井康隆、作家としての遺言「小説書く人に、これだけは伝えておく」

[文] 講談社

小説作法の類は読まなくてよい

小説を書きはじめたばかりで西も東もわからなかった頃、丹羽文雄の「小説作法」という本を読んだことがある。これはある意味、小説の何たるかを教えてくれた、当時のぼくにとってはありがたい本であった。

よく記憶しているのは「小説の文章は必ずしも読みやすく書くのではなく、時おり読者をまごつかせたり混乱させたりするような複雑な書き方をした方がよい」という、あらましそのような箇所だ。文法的に間違っていても、読者に時おり立ち止まらせて少し考えながら読み進めさせるような文章を、というようなことである。

ここでぼくには、文学には厳密な作法というものはなく、わりといい加減なものらしいということがわかった。問題はそのいい加減さがどのような種類のもので、どの程度のものかということだった。以来小生はしばしばこの一節を思い出しては反芻し、いい加減さの追究をすることになる。

しかし、それ故に以後小生は小説作法の類のものを一切読んでいない。いい加減なものであることがわかった以上、さらに厳密な作法を求めて何になるだろう。現在たくさん出ている「文章読本」の類もほとんど読んでいない。小説とは何をどのように書いてもいいのだという基本的な考えが確固として存在しはじめていたからである。

現在では、何を書くかよりもどのように書くかが重要とされている時代ではあるが、だからと言って何を書くかが等閑にされてはならないだろう。小生はさまざまな文学評論を読んで何を書くかを考えた。無論それぞれの作家の資質は違うから、あくまで自分は何を書くべきかを考えたのである。

いちばん影響を受けたのはテリー・イーグルトンの「文学とは何か」であったろう。これは文学史、文学評論史でもあったから、現存在としての自分の立ち位置がわかり、文学世界の中のおのれの場所や地位(ニッチ)を特定することもできたのだった。

それ以前から「何を書くべきか」を求めてブーアスティンなど社会科学の本をたくさん読んでいたことも正解だったようだ。しかしこれらはあくまで小生の資質に合った、つまりは好みの本だったのだから、すべての人に勧めようとはまったく思わない。本来書くべきことは作者本人の中にあるもので、どう書くかとの兼ね合いで何を書くかも決められねばならないだろう。

何度も言うがこれは理論書ではない。読者は各章の表題によって自分の知りたいことを求めるかもしれないが、そこに答はないとお考えいただきたい。そうではなく、筆者がいちばん重要だと思う順に書かれている内容を最初から順に読んで行かれることが最善であり、すべてを読まれるならそのどこかに答はある筈だ。最初の「凄味」「色気」といった他の人があまり書いていないようなものをこそ、小生は読んでいただきたいと思うし、必ずやお役に立つであろう。

皆さんね、一生のうち一度は小説を書いてください。エンターテインメントと純文学を区別しないで書いていますから、それぞれの作家希望者やプロの作家はさらなる高みを目指して書いて欲しいと思います。

講談社
2017年8月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

講談社

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