日常の中にひょっこりと姿を現した不思議を描く

レビュー

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パーマネント神喜劇

『パーマネント神喜劇』

著者
万城目, 学
出版社
新潮社
ISBN
9784103360124
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

日常の中にひょっこりと姿を現した不思議を描く

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 神様、神様、お願いしますよ。

 賽銭箱に五円玉を投げ入れて柏手を打つとき、頼りになる親戚のおじさんに頭を下げているような気持ちになる。万城目学『パーマネント神喜劇』は、そんな風に信心が身近で気軽に行われる風土だからこそ書かれた小説だ。威厳はないけど親切で、ちょっと何か頼みたくなる。そんな神様が本書の中心人物なのである。

 篠崎肇は恋人の坂本みさきからある要求を突きつけられた。どんなときにも「まず、はじめに」と言うのを止めてくれというのだ。肇は、そんな口癖があることさえ自覚していなかった。みさきはただならない様子で、これは絶対に断れない話だ。困惑する肇の身体を強い光が包み込んだ。思わず閉じた目を開いたとき、彼の前には見知らぬ連中が立っていた。そのうちの一人、見たこともない派手な模様の開襟シャツを着た中年男が、自分は神だ、と名乗った。

 縁結びを主業とする下級神と彼の仕事ぶりをレポートするために随行する(神の)自称フリーライターとを狂言廻しにして話が進んでいく。巻頭の「はじめの一歩」はなかなか先に進むことができない恋人たち、「当たり屋」はやくざな稼業に行き詰まりを感じている男、「トシ&シュン」は芽の出ない作家志望者と俳優のたまごという、人生の踊り場に差し掛かった者たちの転機が描かれていく。

 全四篇のうち表題作は、何かにすがりつきたくなる人間の気持ちについて書かれたものだ。いつしかこの国には、正体不明の不安が居座るようになった。そんな中で少しでも明るい光をもたらしてくれるものが求められている。そうしたささやかな救済を望む気持ちを、万城目の筆はすくいあげるのだ。

 万城目作品には、日常の中にひょっこりと姿を現した不思議が描かれるものが多い。そのさりげなさが魅力の源泉なのである。本書の神様も、明日あたり近所の立ち飲み屋にいたりして。趣味の悪いシャツを着て。

新潮社 週刊新潮
2017年8月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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