演劇を教えるドラマティーチャー、生徒を生きやすくさせる“授業”

レビュー

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まずは身体作りから 「教科」としての演劇とは?

[レビュアー] 西田藍(アイドル/ライター)

 高校時代、演劇部にスカウトされたことがある。なんだか華々しい気分だった。これが、唯一といっていい、高校演劇との関わりであろうか。

 著者は高校の国語教師だったが、総合学科と演劇の授業の立ち上げをきっかけに、日本でも数少ない、ドラマティーチャーになった。この横文字の肩書きになかなか馴染みはないが、クラブ活動などではなく、教科として演劇を教える教師のことだという。「演劇」という教科はどのようなものなのだろうか。俳優を育てる専門カリキュラムというわけではない。当然、座学でもない。精神的にも身体的にもエネルギーに溢れた年代の彼らを、どう育てるか。考え抜いた結果、たどり着いたのが演劇だった。

「まずは身体作りから」という文字に、体育嫌いの私は一瞬うっ、となった。しかし、自分の身体と向き合うレッスンは、私が嫌悪した過去の体育の授業とは、全く違った。

 イメージを表現するためには現実で格闘する必要がある。私も以前、映画に挑戦させてもらったことがある。端役の端役ではあるが、身体全てに神経を遣いながら、「表現」をすることは、簡単なことではなかった。演技掛かった表現をすることと、演じることは全く違うのだと痛感した。

 さて、身体作り、身体表現を半年かけてきちんと学んだあと、高校生たちが挑戦するのは、「自分と向き合うこと」。〈自画像〉と呼ばれる、一人芝居のプログラム。自分の身体を信頼して、自分を掘り下げ、疑うことで自分を知る。そうしてからやっと、他者と演じること、協働するプログラムがはじまるのだ。

 ただ漫然と頭のなかでイメージをこねくりまわしていても、わからないことが、身についていく。私の高校時代に必要だったのは、このような教育ではなかったか。

 生きていくための力、と聞くと、私は斜に構えてしまうが、この教育は、この物語は違う。

新潮社 週刊新潮
2017年8月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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