『バッタを倒しにアフリカへ』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
好奇心を刺激する昆虫学者の一代記
[レビュアー] 小飼弾
新書というメディアの役割は、知を提供すること、ではない。それをするには、紙幅が少なすぎるのだから。だとしたら新書の役割とは何か。読者が「読めばわかる」のではなく、「読めばわかりたくなってしかたがなくなる」ようにすることではないのか。
前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』は正しく新書であった。本書は学問の本ではない。学者の本である。『昆虫記』を読んでファーブルに憧れた一少年が、若気の至りをなおすどころかこじらせた果てに本当に学者になってしまうにとどまらず、研究室のバッタはバッタもんとばかりに本物のバッタをモーリタニアまで追っていったというバッタバカ一代記。しかし本書にはバッタの科学的知識は驚くほど登場しない。話の成り行き上必要な孤独相と群生相の違いこそ登場するが、バッタについて我々が何を知っていて何を知らないかはほとんど問題にならない。前著『孤独なバッタが群れるとき』やWebナショジオの「『研究室』に行ってみた。」で、著者が実験室で群生相の卵から孤独相の幼虫を「作り上げた」ことを知った人はなおのことそれが割愛されていることに驚くのではないか。
それでいいのだ。むしろその欲求不満を始点として好奇心が群生相のように広がっていくことこそ、「夢を叶える最大の秘訣は、夢を語ること」という著者の気概でもあるのだから。本書から感染(うつ)った狂気が、無知を飛蝗(ひこう)のごとく食いつくすことを願わずにはいられない。