芥川・直木賞の騒ぎをよそに、文芸誌は低調です

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

芥川・直木賞の騒ぎをよそに、文芸誌は低調です

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


「群像」2017年8月号

 芥川賞と直木賞が決まりましたが、文芸誌8月号(『文藝』は秋号)は低調です。

 設定の珍しさでちょっと目立っていたのが、水原涼の中篇「クイーンズ・ロード・フィールド」(群像)。舞台はスコットランド、13歳で出会った「ぼくたち」4人の26年間をめぐる群像劇である。地元弱小サッカーチームのサポーターとしての結び付きを軸に、青春の終焉をほろ苦く描いた作品なのだが、イギリスという国の生活においてサッカーが果たしている特有の存在感が重要な基底となっていて、日本を舞台に選ばなかった必然性が看取できる。

 川上未映子ウィステリアと三人の女たち」(新潮)は、幻想譚、と言い切っていいか迷いの残る短篇。「わたし」は夫の非協力的な態度のせいで子を持ちそびれて38歳になってしまった。向いの大きな家には老女が住んでいたが姿を見なくなり解体工事が始まっていた。ある日、工事現場に謎の女が佇んでいた。女は「壊される音」には独特の響きがあると「わたし」に語る。女との会話をきっかけに深夜その家に忍び込んだ「わたし」は、老女の半生と彼女の存在しなかった子供をめぐる物語を幻視する。現実に還った「わたし」は、夫との関係や自分自身が壊れる音を聞く。女は誰か、「わたし」が幻視したものは何だったのか。

 畠山丑雄死者たち」(文藝)は新人賞受賞第1作。戦前から戦後、親子2代にわたる物語で、ほのぼのとしたラブストーリーのような顔で始まりながら不穏で陰惨な影に侵食されていく。子が「十字架の十に、猶太のJew」にちなみ「十」と名付けられることから、影は宗教というテーマがもたらしていると思いきや、予断をはぐらかすように後半は展開する。意外性はいいのだが詰めが弱く、真の主題を提示し切れていない。

『文藝』が「176人による現代文学地図2000→2020」という大きな特集を組み、賛否が割れている。私も登板しているため評しにくいのだが、98年に企画された「90年代J文学マップ」を継承する特集で、現在どんな作家がいるのかを俯瞰するのに、それなりの役には立つだろう。

新潮社 週刊新潮
2017年8月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク