「プロフェッショナル 仕事の流儀」出演の義肢装具士・臼井二美男が語る ぼくが義足を作る理由

インタビュー

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転んでも、大丈夫

『転んでも、大丈夫』

著者
臼井 二美男 [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784591150726
発売日
2016/08/05
価格
1,296円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由』義肢装具士・臼井二美男さんインタビュー

[文] ポプラ社編集部

この夏、読書感想文コンクールの課題図書に選出され、注目を集める児童向けノンフィクション、『転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由』。著者である臼井二美男(うすいふみお)さんは、パラリンピックアスリートを、二人三脚で支えつづけてきた、日本一有名な義肢装具士です。NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」や生命保険会社のパラリンピックの支援CMなどにも出演し、テレビ、雑誌、新聞、さまざまな媒体で仕事ぶりが紹介されていますが、じつは、著書を出したのは、この本がはじめて。今回は、この本にこめられた想いをうかがいました。

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撮影・越智貴雄
撮影・越智貴雄

――まずはじめに、「義足」とはなんですか?

義足は、義肢装具士が作る、生活をサポートする道具の一つです。ぼくの仕事は「義肢装具士」といいますが、義肢というのは、事故や病気で、手足を切断した人がつけるもの。そのうち、手の代わりをするのが「義手」。足の代わりをするのが「義足」です。

――義足の人がスポーツをしている姿を、最近はよく見かけます。臼井さんは、スポーツ用の義足を作ることが多いんですか?

ぼくは、一年間に200人くらいの人の義足を、作ったり、修理したりしています。その中で、スポーツ義足を使っているのは20人くらい。10人に1人という割合です。のこりの90パーセントの人の中には、子どもや、おじいちゃん、おばあちゃんもいて、その人たちが毎日の生活にこまらないように義足を作るのが、ぼくの仕事のほとんどです。

――義足でスポーツをやっている人は、そんなに少ないんですね。

まだまだ少ないです。それでも、ここ5年くらいは、少し増えてきたと思います。15年前はほとんどの人が知らなかった「パラリンピック」という言葉がだんだん広がってきて、2020年に東京でパラリンピックが開かれることになり、チャレンジしてみようという気持ちが出てきているのかな、と思います。

撮影・越智貴雄
撮影・越智貴雄

――臼井さんから声をかけて、スポーツをやってみるようにすすめていたそうですが、なぜ義足の人にスポーツをすすめようと思ったのですか?

本当はスポーツじゃなくてもいいんだけど、「目標を持って何かに取り組む」ことで、心も体もたくましくなっていくんですよね。

最初はおそるおそる走ってみる。練習をはじめて3、4回目くらいになると、少しずつ「走る」という感覚がわかってくる。それと同時に、仲間ができてくるんです。義足の人は、学校でも、職場でも、だいたいひとりぼっちなんです。もちろん、友だちがいないわけではないんだけど、クラスにも、学校にも、ほかに義足をはいている人はいないんだよね。だから、相談できる人もいなくて、ひとりでなやむ時間が多い。

でも、走る練習をしにくると、「義足をはいているのは自分だけじゃない」と思える。

スポーツをはじめると、走れるようになるよろこびと、仲間ができるよろこび、その両方を味わえるんです。

――お仕事をする中で、心がくじけそうになったりしたことはありましたか?

義足は、はく人に合わせて一本一本手づくりします。傷の様子も一人ひとり違うし、好みもさまざま。きつめがいい、という人もいれば、しめつけられるのがいやだという人もいる。足を失ったショックから立ち直れていない人で、不安な気持ちを義肢装具士にぶつける人もいるんですよね。

何回作りなおしても満足してくれなくて、あれこれ工夫して、やっぱりダメだといわれたときは、心が折れそうになるね。

――くじけそうなときは、どうやって乗りこえてきたんですか?

とにかく最後まで逃げださないで、時間がかかっても、向かい合ってやってみる。一生懸命その人に向かい合って作りつづけていると、どこかで認めてくれるときが来るんです。

そういう人に認めてもらえたことは、少しずつ自分の自信になって、積みあがっていきます。

――臼井さんがスポーツ義足を作りはじめた当時に比べ、今はスポーツ義足を取り巻く環境がずいぶん変わってきていると思います。具体的に、どんな変化がありましたか?

東京オリンピック・パラリンピック開催が決まってから、義足スポーツに興味を持ってくれる若い人が増えてきたことと、世の中にパラリンピックが少しずつ広まってきたことはうれしいです。

ただ、スポーツ義足は、残念ながらまだ国から支援を得られず、自分で20~30万円全額を負担しないといけないんです。生活用の義足は、国の支援があって、一足2~3万円で作れるんですが。これは義足だけでなくて、スポーツ用の車いすも同じ。だから、せめて小学校の体育の時間だけでも、必要な子は義足や車いすを使えるように、法律をかえてほしいなと思っています。

撮影・越智貴雄
撮影・越智貴雄

――今、力を入れていることはありますか?

今は、職場の若い技術者を増やすことに力を入れています。

義足でスポーツをやりたいという人が増えてきていても、義足製作は、一つひとつが手づくりだから、1人でみんなのスポーツ義足を作ってあげることはむずかしい。義足を作る側の人、作るだけでなく、運動をはじめた人の相談に乗ってあげられるような技術者も、一緒に増えていかないとダメだと思っています。

――お仕事をしていて嬉しかったときのお話を聞かせてください。

選手と一緒にパラリンピックに行けたことかな。はじめて鈴木徹くんと行ったシドニー大会から、このあいだのリオ大会まで、パラリンピックで活躍する姿を見ることができたのは、とても嬉しかったです。

もう一つ嬉しいのは、子どもの心が前に向かっていくのがわかるとき。小学生くらいの子どもがスポーツをやるようになると、すごく明るくなるし、たくましくなるんです。男の子も女の子も、表情が変わっていく。自分が持っている障がいを、マイナスでなく、自分のチャームポイントや個性としてとらえていくようになっていくのがわかります。そういうのを見ていると、この仕事をやっていてよかったと、やりがいを感じますよね。

撮影・ポプラ社編集部
撮影・ポプラ社編集部

――この本を読んだ子どもたちに、伝えたいことはありますか。

健常者の子には、障がいを持った子どもがいるっていうことを知ってほしい。障がいを持った子も、心はみんなと同じです。本当はみんなと仲良くなりたいと思っている子がたくさんいる。でも、受けいれてもらえるか不安で、自分から周りにとけこもうとしない子もいっぱいいるんだよね。

だから、この本を読んで、障がいのある人たちも、特別な人じゃなくて、気持ちや心はみんなと同じなんだっていうことを、ちょっとでも感じてもらえると嬉しいです。

障がいを持っている子に伝えたいのは、前向きにすごしてほしいということと、スポーツでもそうでなくても、何かにチャレンジしてほしいってことかな。

パラリンピックに出るようなスポーツ選手でも、最初からかっこよく走れる人なんて、一人もいない。みんな最初は歩くところからはじめて、一生懸命練習して、少しずつ走れるようになっていったんです。だから、今歩くのもたいへんだからといって、「自分とはちがう人なんだ」とあきらめないでほしい。

今でも日本中で、自分も走ってみたいな、でも自分には無理かな、家の外に出ていくのはこわいな、となやんでいる人がたくさんいると思います。だからこの本が、「臼井さんのところに行ってみよう」って思うきっかけになって、もっといっぱい相談がきたらうれしい。

――最後に、子どもたちにメッセージはありますか。

障がいのある人が周りにいたら、話しかけてほしい。どんなふうに話しかけていいかわからない人もいると思うけど、たとえば車いすの子がいたら、車いすをさわらせてもらうとか、義足の子がいたら、「義足ってどうなっているの?」と聞いてみるとかでいいんです。「義足って痛くないの?」とかさ。それをきっかけに、その子と会話したり、できれば友だちになったりしてほしいですね。

2020年までに義足の友だち、車いすの友だち、障がいを持った友だちを作ろう。一人でもいいからさ。それが、ぼくからみんなへの宿題かな。

――貴重なお話を、ありがとうございました。

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臼井二美男(ウスイフミオ)
群馬県前橋市出身。28歳で財団法人鉄道弘済会・東京身体障害者福祉センターに就職。以後、義肢装具士として義足製作に取り組む。89年、通常の義足に加え、スポーツ義足の製作も開始。91年、切断障害者の陸上クラブ「ヘルス・エンジェルス」(現在は「スタートラインTOKYO」)を創設、代表者として切断障害者に義足を装着してのスポーツを指導。やがてクラブメンバーの中から日本記録を出す選手も出現。2000年のシドニー、2004年のアテネパラリンピックには日本代表選手に同行する。通常義足でもマタニティ義足やリアルコスメチック義足など、これまで誰も作らなかった義足を開発、発表。義足を必要としている人のために日々研究・開発・製作に尽力している。

ポプラ社
2017年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

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