『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』 若林正恭著

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表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』

著者
若林 正恭 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784040693163
発売日
2017/07/14
価格
1,350円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』 若林正恭著

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

キューバで触れた「命」

 仕事で訪れたNYのタイムズスクエア。溢(あふ)れ返る巨大広告の光の中で、著者は、長く疑問だった“競争を勝ち抜いてこそ幸福”という思想がまさにここから世界中へ流れ出ているのではないかと考える。そして、長い間資本主義から距離を置き、二年前までアメリカと国交を絶っていた国・キューバを訪ねることを決意する。

 著者は、配給所、海、闘鶏場など様々な場所を訪れては、競争が肯定されている理由や社会主義が衰退した理由などあらゆることを思考する。それぞれの答えに強い説得力があるのは、聞こえの良い借り物の言葉ではなく、シンプルだがその人の頭と体を通過したことがよくわかる言葉が使われているからだ。そうして導き出された結論は、正解かどうかなんて尺度で測ることがばかばかしくなるほど真っすぐ届く。

 中でも印象的なのは、人々の表情に関する描写だ。著者はカストロやゲバラが率いた革命軍の展示に触れ、彼らが“命を使っている”目をしていると感じる。政治的な思想とは関係なく、私欲を超えて生きている人間特有の輝きに胸打たれたのだ。長寿国の日本では、命を“使う”というより“延ばす”イメージがある。それほど成熟した社会に生きているからこそ命を使う人間でありたい――著者の誓いに共感が迸(ほとばし)る。

 表情の描写は現代のキューバ人にも及ぶ。著者は、キューバの一番の名所はマレコン通りという堤防だと記す。未(いま)だスマホが普及していないため、ただ話すために多くの人が集まる場所。会いたい人と顔を合わせて話す、そんな単純な幸福に満ちた人々の表情がずらりと並ぶ堤防は、巨大広告よりも強い光で何かを照らし出す。

 終盤、著者がキューバを訪れた真の理由が明かされたとき、著者がまさに命を使って顔を合わせて話したかった存在が浮き彫りになる。その存在が象徴するものとこの旅路が繋(つな)がった瞬間、他の旅行記では得られない濃厚な読後感が私たちの心を満たす。是非(ぜひ)味わってほしい。

 ◇わかばやし・まさやす=1978年生まれ。お笑いコンビ「オードリー」のつっこみ担当。読書好きで知られる。

 KADOKAWA 1250円

読売新聞
2017年8月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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