『医療者が語る答えなき世界』 磯野真穂著

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医療者が語る答えなき世界

『医療者が語る答えなき世界』

著者
磯野 真穂 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
自然科学/医学・歯学・薬学
ISBN
9784480069665
発売日
2017/06/05
価格
864円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『医療者が語る答えなき世界』 磯野真穂著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

現場の実態 捉え直す

 普段、私たちは病院で診察を受ける際、医師に対して何らかの回答を求めるものだ。頭痛や胃の痛み、急な発熱。この体の変調には理由があるはずで、医師はその理由を探り当てて治してくれる、そうであって欲しい、と期待している。

 だが、〈病気を「治す」ことが医療の仕事であるというしごく当たり前の考えは、かれらの仕事の本質をむしろ見えにくくする〉のではないかと著者は本書で問う。医療の世界には一方で「治らない」現場がいくらでもあるし、医療者の仕事には「治す」ことから遠く離れているように見えるものも多い。また、そもそも「治る」とはどういうことなのかが曖昧な場面も頻繁に生じ、彼らは常に答えの出ない矛盾や「不確かさ」に取り囲まれている存在なのだから、と。

 では、当事者たちはその「不確かさ」を前にしたとき、何を感じ、どのような思いを抱いているのか。病院などを研究フィールドにする文化人類学者の著者は、これを「医療人類学」と呼び、現場で揺らぐ人々の思いや考え方の変化に光を当てる。

 終末期医療に携わる新人看護師の疑問、新薬をめぐる医師の葛藤、リハビリ病院の言語聴覚士がたどり着いた境地……。禁止事項を破る患者への対応や高齢患者の身体拘束といった様々な局面で、登場人物たちは医療の限界に直面したり、理想とのギャップに引き裂かれたりした経験を持つ。その一つひとつのケースの「不確かさ」を浮かび上がらせることを通して、迷いながら進むしかない医療者の現実を提示してみせる手法がとても興味深かった。

 著者によれば、文化人類学とは〈立ち止まることを奨励する学問〉という。医療者側の常識と患者側の常識のずれ、専門知識としての「医学」と個々の人生の文脈に寄り添う「医療」の可能性――それらを第三の視点から文字通り立ち止まって見つめ、医療現場のイメージを捉え直そうとした意欲的な作品だ。

 ◇いその・まほ=国際医療福祉大講師。専門は文化人類学、医療人類学。著書に『なぜふつうに食べられないのか』。

 ちくま新書 800円

読売新聞
2017年8月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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