宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その7――作家生活30周年記念・特別編

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ばんば憑き

『ばんば憑き』

著者
宮部 みゆき [著]
出版社
角川書店 : 角川グループパブリッシング
ISBN
9784048741750
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その7――作家生活30周年記念・特別編

[レビュアー] 佐藤誠一郎(編集者)

 今年、作家の宮部みゆきさんが、作家生活30周年を迎えられます。この記念すべきメモリアルイヤーに、宮部みゆきさんの単行本未収録エッセイやインタビュー、対談などを、年間を通じて掲載していきます。今回は特別編として新潮社で宮部みゆきさんを担当して25年の編集者で、新潮講座の人気講師でもある佐藤誠一郎が数ある名短編の中から選りすぐりの作品を紹介します。

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 今月8月末に、新潮社から宮部さんの長編時代ミステリー『この世の春』が発売されます。今編集部はその準備に大わらわなのですが、この作品には、わが国時代小説史上初となる、驚くべきモチーフが盛り込まれています。

 ミステリーの核心部分には触れられませんが、江戸時代を舞台としながら、この長編は現代の精神医学に通じる一種のサイコホラーと言っていい側面があるんです。江戸期らしい呪術との絡みがあるために、かえって現代物サイコサスペンスなどより深味があるし、だいいち怖さも百倍です。

 さて今回は、そんなわけで宮部さんの短編の中から、サイコな味わいの強い作品をご紹介したいと思います。

 短編集『ばんば憑き』に収められた表題作「ばんば憑き」がそれです。角川文庫および新人物ノベルスの一冊です。

「憑き物」という言葉を御存じでしょうか。キツネ憑き、狗神、オサキなどなど、想像上の動物霊が人間に憑依する話は日本全国に見られます。死霊や先祖の霊が誰かに憑く話もよく聞きますね。憑かれると精神に異常を来たすので御祓いを受けたりして治すようですし、『犬神家の一族』のように一族全体に累が及ぶケースも、物語の世界ばかりではないらしい。

 さて、当の短編ですが……。

 江戸で小間物を商う若い夫婦が、箱根に湯治に出かけ、雨のせいで戸塚宿で足止めを食ってしまった。こうしたときは客が滞るため、旅籠では相部屋になることが多いようです。この夫婦も相部屋を不承不承引き受けた。そして部屋に入ってきたのは一人の老女。

 その夜のこと、老女のすすり泣きに目を覚ました夫・佐一郎に、彼女が五十年前の奇怪な体験を語るという成り行きです。

 老女の告白のなかでタイトルとなった「ばんば憑き」現象が起こるのです。故人の霊を別人に移すという、秘伝中の秘伝があり、それがやむにやまれぬ事情で実行に移されたと彼女は語ります。その内容を一言で括ってしまえば、横恋慕から起きた犯罪と、その後日談ということになるのですが、告白に続くひと騒動のあと、聞き役となった佐一郎の心に、ある変化が起こります。あたかも憑き物が依り代を変えたかのように、です。

 恐怖の片翼の影が、怪異譚の聞き役にまで及んでくるという流れは、「三島屋変調百物語」の構造にも似て、小さな物語に終わらせない宮部流作家魂の一端を見せつけられる思いです。

Book Bang編集部
2017年8月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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