落語界の名物キャラ「与太郎」が愛されるワケ

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なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか

『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』

著者
立川談慶 [著]
出版社
日本実業出版社
ジャンル
芸術・生活/諸芸・娯楽
ISBN
9784534054968
発売日
2017/05/18
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

落語世界の名物キャラ この男が愛されるワケ

[レビュアー] 立川談四楼(落語家)

 落語に与太郎ははずせません。バイプレイヤーとしていい味を出したかと思うと、『道具屋』『孝行糖』『かぼちゃ屋』『錦(にしき)の袈裟(けさ)』等、堂々と主役を張るのです。

 基本、与太郎は何もしません。著者の言う「巻き込まれキャラ」で、古道具も孝行糖という飴もかぼちゃも、周囲から売るように仕向けられるのです。錦の袈裟に至っては誘われて吉原に行き、ボーッとしてるところから殿様に間違われ、一番モテてしまうという果報者でもあるのです。

 与太郎がいなくなったりすると、長屋は大騒ぎです。そんな、有能でもない与太郎がみんなに可愛がられるのはなぜか? そこに着眼した著者はさすがで、章毎に交わされる与太郎と著者の会話が与太郎のキャラクターを浮き彫りにします。

 会話の中から、与太郎に「頑張る」とか「幸せ」という概念がないことが分かります。そして与太郎は、現代を説明する著者に「なんだか、俺たちよりめんどうくさいところに住んでるようだな」と言い放ちます。そして「空気を読むなんておかしいよ。空気は吸うもんだろ」とも。

 もちろん著者が与太郎を借りて言っているわけですが、勝ち負けにこだわり、余裕をなくしている現代人に、少し価値観を変えたらどうか、与太郎の了見を見習ったらどうかという勧めになっているのです。

 初期の落語、つまり落とし咄と言った頃、与太郎は存在しなかったはずです。先人がいつから登場させたのか、そしてクッション役から主役へと押し上げられる過程を想像するという読書でした。

 著者は慶応を出て一流企業を経てから談志に入門しました。前座期間が九年半です。つまりなかなか二つ目になれなかったわけで、長く与太郎扱いを受けました。本書の原点はそこであろうと思います。それを逆手に取り、与太郎に接近し、親しみ、話し合い、本書を著したのです。いい恩返しだと感心した次第です。

新潮社 週刊新潮
2017年8月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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