宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その8――作家生活30周年記念・特別編

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本所深川ふしぎ草紙

『本所深川ふしぎ草紙』

著者
宮部 みゆき [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101369150
発売日
1995/08/30
価格
737円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その8――作家生活30周年記念・特別編

[レビュアー] 佐藤誠一郎(編集者)

 今年、作家の宮部みゆきさんが、作家生活30周年を迎えられます。この記念すべきメモリアルイヤーに、宮部みゆきさんの単行本未収録エッセイやインタビュー、対談などを、年間を通じて掲載していきます。今回は特別編として新潮社で宮部みゆきさんを担当して25年の編集者で、新潮講座の人気講師でもある佐藤誠一郎が数ある名短編の中から選りすぐりの作品を紹介します。

 ***

 宮部さんが贔屓にしている人形焼の有名店「山田家」さんは、その包み紙でもまた有名です。お店のある錦糸町界隈の場所柄を反映して、包装紙に「本所七不思議」の由来を示す絵が描かれているからです。

 今回は、第13回吉川英治文学新人賞に輝いた『本所深川ふしぎ草紙』を取り上げてみます。単行本は1991年に新人物往来社から刊行されており(新潮文庫所収)、初期の名作のひとつです。

 あるとき宮部さんに、

「時代小説の短編のうち、ご自分で思い入れのあるベスト3は何ですか」

 と質問したことがあります。そのとき、『本所深川ふしぎ草紙』『幻色江戸ごよみ』『初ものがたり』の三作の名が間髪を入れず返ってきたことを憶えています。

『本所深川ふしぎ草紙』を皮切りに『かまいたち』『幻色江戸ごよみ』を経て『初ものがたり』に至るすべてが、1990年代半ばまでに書かれていることに改めて驚くのですが、読み返すと、宮部時代小説のスタイルが、すでに完成していたことがよくわかります。

 さて、本書は七話から成る短編集で、そのひとつひとつのタイトルが、この土地の「七不思議」を借りたものとなっています。「片葉の芦」「送り提灯」「置いてけ堀」「落葉なしの椎」「馬鹿囃子」「足洗い屋敷」「消えずの行灯」の七編。「置いてけ堀」は昔話にも出てくるので有名度は全国区ですよね。

 巷に伝わる怪異を客観的に詮索するのではなく、市井の人々の目線で起こる不思議と重ね合わせて描いてあるのが印象的です。謎を解く際にも、しみじみとした情感が滲み出してくるのです。

 中でも第一話の「片葉の芦」が味わい深いと思います。殺人事件を扱いながら、お金をめぐる人情話にフォーカスされてゆき、しかもラストは意外な展開になります。人生の苦さにも、人間讃歌にも等しく通じるものがあって、読むたびに違った味がするのが不思議です。

 人生、なかなか思いどおりにはいかないが、心を尽せばきっと人間同士通じあえる、望みを捨てずに真面目に励めば、最後には報いられるといった世界への信頼が、七話のいずれにも底流していることが分かってきます。

人生の転機に何度か手に取ると、そのつど違ったご利益がある作品集です。

因みに、本書で脇役として通しで活躍する「回向院の親分」こと岡っ引きの茂七は、『初ものがたり』では主役として登場します。面白いのは食べ物の話がふんだんに出てくること。人形焼は出て来ませんけどね。

NHKの金曜時代劇で、高橋英樹さん主演による「茂七の事件簿 ふしぎ草紙」が何話も放映されましたが、これは茂七の登場する一連の作品を映像化したもの。耳より情報ですが、今年になって、CSの時代劇専門チャンネルで、宮部さんの映像化作品がすべて見られるという夢のような企画が実現する運びとなりました。気になって仕方ない方は、当チャンネルにアクセスしてみて下さい。

Book Bang編集部
2017年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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