[本の森 SF・ファンタジー]『ピアリス』萩尾望都/『5まで数える』松崎有理

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ピアリス

『ピアリス』

著者
萩尾 望都 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309025957
発売日
2017/07/14
価格
1,595円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

5まで数える

『5まで数える』

著者
松崎 有理 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784480804709
発売日
2017/06/08
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『ピアリス』萩尾望都/『5まで数える』松崎有理

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

ピアリス』(河出書房新社)は、漫画家の萩尾望都が二十年以上前に雑誌で連載していた幻のSF小説だ。挿画も著者が手がけている。巻末に収録されたインタビューによれば、「木下司」というペンネームを使い、偽の近影まで作って正体を隠していたらしい。不思議な力を持つ双子の数奇な運命の物語だ。

 十歳のユーロ少年が時間の概念を理解する冒頭から引き込まれた。彼は断片的だった過去の記憶を再構成して、妹のピアリスのことを思い出す。五年前、二人は故郷を追われ、離れ離れになった。難民として他の星の修道院に引き取られたユーロは、謎めいた教師に出会い、近い未来に起こる悲劇のビジョンを見てしまう。一方、過去が見えるピアリスは、ユーロとは違う惑星の貧困層が集まる島で育つ。

 ユーロとピアリスには過去と未来にまつわる特殊な能力があるのに、彼ら自身の過去は奪われ、未来を選ぶ自由も与えられていない。過酷すぎる現在と格闘する人に、世界はどんなふうに見えるのか。透明度が高く傷つきやすい子供の目を通して描いている。自然災害、性的虐待、戦争など重い要素もある。二人とも大切な友達を失う。ただ悲しいだけではなく、かけがえのない愛に巡り合うところがいい。

 未完のままなのは残念だが、東南アジアやルネサンスの文化をヒントにしたという世界観は魅力的で、話の続きを想像するのは楽しい。双子を光ある未来に導くのは、きっと読者の役目なのだろう。

5まで数える』(筑摩書房)の松崎有理は、流しの実験屋として各地の研究所を渡り歩いたあと、デザインと文筆の世界に入ったという異色の経歴を持つ。最新作の本書も科学と恐怖を結びつけたユニークな短編集だ。ある秘密のために数学ができない少年と心優しい天才数学者の幽霊が交流する表題作、動物実験が全面的に禁じられた世界で〈彗星病〉と呼ばれる不治の病と医師たちが命がけで戦う「たとえわれ命死ぬとも」など、六編を収録している。

 印象深いのは無知と盲信の恐ろしさだ。例えば「やつはアル・クシガイだ」。トリックを見破る能力に長けた元奇術師・ホークアイ、世界的な科学賞を二度受賞したワイズマン博士、二人の補佐役を務めるマコトが、〈疑似科学バスターズ〉としてある殺人事件を調査する。売れないホラー作家がジョークのつもりで出したトンデモ本が、未曾有の惨劇の引き金になる。〈ひとは幻想の幻想ではなく、真実の幻想を求めているんだ〉というホークアイのつぶやきは忘れがたい。ポスト真実が幅を利かせる今、絶対に起こらないとは言えない話でゾッとした。次に収められている「バスターズ・ライジング」も切なく、疑似科学バスターズの物語がもっと読みたくなる。

新潮社 小説新潮
2017年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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