『100億人のヨリコさん』刊行記念インタビュー 似鳥鶏

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100億人のヨリコさん

『100億人のヨリコさん』

著者
似鳥鶏 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911812
発売日
2017/08/16
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『100億人のヨリコさん』刊行記念インタビュー 似鳥鶏

――『100億人のヨリコさん』は仕掛けありきで構想されたわけではないですよね。

似鳥 ないですね。「学生のアホなノリ」を書いてみたかったんです。貧乏学生がいかにして金を使わずにメシを喰うか、というような。そんなことをやっている連中が活躍したら面白いだろうなというのがスタートでした。私より年輩の方にとっても、学生時代の寮の雰囲気を懐かしいと感じてくださるのではないかと思います。今の学生も、実は一部では似たような生活をしているんですよ。バンカラ学生風というか、学生ならではの馬鹿をやっている。そういうような人たちを、魅力的な変人として、どこまで面白く書けるかを追求してみました。

――作中に「This Man」という非常に印象的な男の肖像が出てきます。

似鳥 都市伝説、怪奇現象の類が、信じてないくせに大好きなんです。「This Man」は数年前から話題になっていて、面白いな、どっかで使えないかな、と思っていました。でも、自分が書くんだったら、怪談として使うのではありません。他に似たものが一冊もない、前代未聞の小説を書く、ということを、今回特に目指していましたので、だったら科学的に解明しようじゃないか、と。

――たしかに、怪現象を解明します、と言われると興味を惹きますね。本作には、パンツダケという奇妙なキノコも出てきます。こっちは、そういう目的とあまり関係ないように思いますが、どこから出てきたのでしょう。

似鳥 キノコってパンツの上に生えるんですよ、湿った部屋の中だと(笑)。生で見たことはないですけど。友人が、押し入れの中にキノコが生えてきて、「これ喰えないかな」と思ったという話を聞きまして。その友人は実際には食べなかったそうですけど、この作品の変人寮生たちなら食べるんじゃないかなと。

――どんな見た目なんですか?

似鳥 キノコの中には、見た目が気味悪くて閲覧注意なものがたくさんありまして、パンツダケはノウタケというキノコをモデルにしています。検索すると、大変気持ちの悪いものが出てきます。まあ、気持ち悪いキノコは他にもたくさんあるので、各自思い浮かべていただければ。たぶん、それが当たりです(笑)。

――さて、この作品は、いろんなことが起こるんですけど、最終的に「世界の危機を救う」というお話になっていきますよね。

似鳥 現代では、情報がネットワークでどんどん拡散してしまいます。世界を危機に陥れるような状況が、サラエボ事件の一発の銃弾のように、たったひとりのちょっとした悪意や犯罪によって起こりうる。でも、それに対抗して戦うことも、誰でも持っているスマホの端末を使って調査し、書き込むことでできるかもしれない。寮生たちは、学生寮の食堂にパソコンとスマホを並べ、ネットワークに情報を書き込むことで世界を救う戦いをするわけです。なにしろ、この作品、執筆中の仮タイトルは『変人寮、世界を救う』ですから。

――この学生寮には、留学生や、学生ですらない母子が住んでいます。彼らも、現在の社会状況を描くうえでの役割があるように感じました。

似鳥 現実の学生寮や、「貧乏学生」という言葉でイメージされるような安アパートには留学生がたくさん住んでいます。お金がない留学生は多いですから。もちろん、キャラクターにバリエーションがあったほうがいいという作品的な要請もあります。日本人から見ると、留学生たちは感覚がまったく違うこともありますし。それで彼らを住まわせることにしました。

 とはいえ、日本人だろうが留学生だろうが、ここまでの貧乏寮に住んで自給自足のような生活を送るには、それだけの、「そうせねばならない理由」があるはずなんです。そこまで考えないと、人間を描いていることにはなりませんから。彼らの事情を考えていくと、現在の社会状況と切り離せないと思うようになりました。

 作中の事件の科学的な解明とも関わってくるんですが、「均質化への警鐘」という側面もあります。全員が同じ性質のものをコピーしていたら、その生物が世界に百億いたとしても、たった一種類のウィルスで滅びるかもしれない。だから、多様性が必要なんです。一種のセーフティネットとして、世界的にこの考え方が重要になってきています。

 国籍もバラバラ、経済状況もバラバラ、考え方も特技もハンディも年齢もバラバラの寮生たちが、ウィルスが拡散していくようなパンデミック的な危機に対して踏みとどまれるのは、マイノリティだったからです。彼らに善意があったから、世界を救おうという考えも生まれたんだと思う。そういう意味では必然的にこういう作品になった、と言えるかもしれません。

――主人公たちは、この物語のあと、どうなっていくんでしょうね。

似鳥 彼らは、実は社会から「叩いていい奴ら」という位置づけをされていました。この話の舞台は、万国博覧会とか台湾の夜市のようなガチャガチャした楽しい雰囲気の学生寮にしたかったので、寮生たちが迫害されたりするシーンは描いていませんが、彼らの背景としては、これまでにそういうこともあったはずです。先程も触れた、「貧乏学生寮に住まねばならない理由」ですね。ですが、彼ら自身は善意に溢れた優秀な人たちなので、今回のことをきっかけに場所を与えられればそれぞれの分野で活躍するだろうな、と思います。まあ、いつまでも大学にいる人も、一部いそうですが(笑)。

――デビュー十周年を迎えて、その作風はジャンルを飛び越えてますます多彩ですが、今興味を持たれている、将来手掛けるかもしれないテーマはありますか。

似鳥 昨年、『君の名は。』を観てから、ああいうのがやりたくなって(笑)。青春もの、恋愛ものってどうかな、と思っています。

――最後に、読者へのメッセージを。

似鳥 前例のない、日本文学史上、類例のひとつもない小説ができました。まさかここまでできるとは思ってませんでしたが(笑)。「なんだこれは」と驚くような初めての読書体験をお約束します!

似鳥鶏(にたどり・けい)
1981年、千葉県生まれ。2006年、『理由(わけ)あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選し、デビュー。近著は『彼女の色に届くまで』『モモンガの件はおまかせを』。版元を横断したデビュー10周年キャンペーンを展開中。

光文社 小説宝石
2017年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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