古典と夢想と――『狐と韃(むち)』著者新刊エッセイ 朱川湊人

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狐と韃

『狐と韃』

著者
朱川湊人 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911805
発売日
2017/08/16
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

古典と夢想と

[レビュアー] 朱川湊人(作家)

 おぼろげな記憶を掘り返してみると、おそらく最初に日本の古典文学に触れたのは、中学の頃、国語の教科書に載っていた『枕草子』だ。当然、第一段の「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく……」のくだりであるが、現代語に直してみると共感できる部分が多かったので、「ふむ、この清少納言という人は、なかなか鋭いな」と、超上から目線で思っていた当時の自分の頭を、一発張り飛ばしたい。

 学年が進むにつれて『徒然草』や『奥の細道』のハイライト部分などが教材になり、私はそれなりに勉強したのであるが、特に思い入れを持つこともなかった。内容には興味があったものの、とにかく“何ちゃらの助動詞”だの“係り結び”だのの文法が大嫌いで、そこで学習意欲を大いに削がれていたのだ。やっぱり文章は分解するもんじゃありませんな。

 そんな私が大学で国文学を専攻するようになるのだから、人生は不可解である。

 それは高校の時に、やはり古文の授業で『方丈記』に出合ったからだ。私は十六歳だったが、ちょうど「人生とは何ぞや」などと小賢しく考え始めていた頃だったので、無常観に溢れた冒頭部に、わかりやすくやられてしまった。また、時々顔を出す筆者の鴨長明に、当時ハマっていた太宰治の香りを感じたりして、いろいろ想像を逞しくしていたのである。以来、『今昔物語』などの怪しげなものが多く登場するものに進み、大学では中世文学を専攻するに至った。

 わかるようになると、本当に古典は面白い。

 何より妄想する余地が十分にあって、私は本文の正確な解釈よりも、得手勝手な夢想を楽しんでいた時間の方が多い気がする。そんなふうに自分が生きられなかった時代に心を飛ばせるのは、長い時間を耐えてきた原典があればこそだ。

 八月に発売された『狐と韃(むち) 知らぬ火文庫』では飛鳥から奈良を舞台に物語を描いたが、苦しくも楽しい時間だった。御手に取っていただければ幸いである。

光文社 小説宝石
2017年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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