地域文化に根差した無数のシンデレラ

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シンデレラの謎

『シンデレラの謎』

著者
浜本 隆志 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784309625058
発売日
2017/06/13
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

地域文化に根差した無数のシンデレラ

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

 シンデレラの物語といえば、ディズニー・アニメやグリム童話集などを通じて、世界中の子供たちに親しまれる有名なメルヘン・民話だ。苦境から一転、人もうらやむ幸福を得るというどんでん返しのカタルシスが、なによりも人気の秘密。日本でも坪内逍遥が明治時代に「おしん物語」として翻案、いち早く高等小学校教科書に載せられたそうである。

 (1)継母のいじめとヒロインの試練、(2)(鳥、妖精など)援助者の出現、(3)非日常世界(宴会や舞踏会)への参入、(4)花嫁テスト、(5)結婚によるハッピーエンド――というのが大まかなストーリー。

 しかし、アニメ「シンデレラ」やグリム版「灰かぶり」でさえ、細部ではずいぶん異なっている。グリム版ではまま見られる残酷な場面(たとえば靴による花嫁テストで、継母が実の娘に靴を履かせようと、指やかかとを切り落としてしまう)や、復讐譚(いじめ抜いた義姉二人の目をハトがついばんで盲目にしてしまう)などは、ディズニー・アニメではすべて省かれている。

 こうした違いは、戦後アメリカの富が急拡大し、成功と幸福へのアメリカン・ドリームがいよいよ現実味を帯びるという時代背景の中で、残酷さや復讐のもつネガティブ性が忌避・排除されたことにもよろう。アニメ版のモデルは、グリムほどむき出しでないフランス人作家シャルル・ペローの「サンドリヨン、あるいは小さなガラスの靴」とされる。

 しかし何といっても驚くのは、アニメ版やグリム版だけでなく、人間の生活文化がさまざまなのに応じて、世界には無数のシンデレラ譚が存在すること。それもヨーロッパの物語が単に日本やアメリカに伝播したというにとどまらず、伝播よりもずっと以前から日本には日本の、アメリカにはアメリカの、その他の地域にはその地域のシンデレラ物語が存在していたことだ。

 著者は博捜の末、ヘロドトス『歴史』などでも言及される古代エジプトの「ロドピスの靴」という娼婦の話が、最古のシンデレラ物語だと結論する。さらに薄幸の少女がやがて王妃となってユダヤ人を救うという旧約聖書「エステル記」も、同じカテゴリーに属する。日本にも古くから、民話「糠福と米福」や文学作品『落窪物語』など数多くのシンデレラ物語が存在してきた。

 ではヨーロッパの物語が到達する以前の各地の古い伝承は、その土地で独自に生まれたのか、あるいはやはりどこかから伝播したのか。著者は古いシンデレラ譚にアニミズムやシャーマニズムなど原初の宗教的要素が色濃いことから、大胆にも、六万年前に「出アフリカ」を果たし世界各地に拡散したホモ・サピエンスのグレート・ジャーニーにまでその伝播ルートを遡らせようとする。

新潮社 新潮45
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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