読むほどに伝わるエロ本自販機愛

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全国版 あの日のエロ本自販機探訪記

『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』

著者
黒沢哲哉 [著]
出版社
双葉社
ISBN
9784575312256
発売日
2017/04/19
価格
2,420円(税込)

読むほどに伝わるエロ本自販機愛

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 本書に収録されている自販機設置場所は三四九地点。北海道から鹿児島県まで、沖縄を除く日本中のエロ本自販機をくまなく探し出し、三年半かけてそれらすべてを実際に訪れ、写真に収めた。収録されている写真のほとんどが、田舎の峠道や寂れた旧道脇に隠れるように存在するエロ本自販機(もしくは自販機設置小屋)。本書の帯にも「くだらなすぎて誰も手をつけてこなかったジャンル」と書かれている通り、ジャーナリスティックな書き手なら絶対に手をつけないテーマかもしれないが、本書はまぎれもないノンフィクションの労作である。

 地域ごとにまとめられた膨大な自販機写真群の狭間に、消えゆくエロ本自販機を著者がいかにして探し出したか、その方法が書かれている。ネット検索をフル活用するだけでなく、地域掲示板や女装家の掲示板のちょっとした情報をヒントに、グーグルマップのストリートビュー内を移動しながら目を皿のようにして、それらしき建物を探す。ある一箇所を突き止めるために信号機のない国道と県道の交差点の写真を虱潰しに当たって一年がかりでその場所を突き止めた逸話も紹介されている。

 ルポ編を読むと、そうやって綿密に下調べをしても、ひっそりと存在する自販機を探すのは困難だ。田舎道を何度も行き来して、近所に聞き込みをして、やっと現場にたどり着く。ところが肝心のエロ本自販機はすでに撤去されていたなんてこともしばしばだったという。さらには、決して表舞台に出ることはないエロ本自販機業界関係者たちへのインタビュー編は、ある種の“スクープ”と言ってもいいだろう。そして読み進めていくと、地方の実情や、エロ本自販機業者と行政のいたちごっこや、ネット社会では解決できないエロ需要の存在など、さまざまな社会問題が見えてくる。このように綿密な下調べをベースに、足で取材したネタが提供され、時代性や社会性も垣間見える優れたノンフィクションなのだ。

 とにかくこの一冊のために、著者が膨大な時間と手間をかけたことは容易に想像がつく。地元の人でさえ知らないような“物件”写真に添えられた短い説明文にも、愛情がほとばしる。一度訪れた場所が存続しているか心配になり、何度か訪れている様子からも、自販機への熱い思いが伝わってくる。それゆえ、読み進めるほどに、著者の“自販機愛”の原動力がどこにあるのかが気になってくる。

 その答えは「あとがき」に、まるでエロ本自販機のようにひっそりと存在していた。それは著者にとって「失われた過去」を探す旅でもあったのだ。本書の取材・執筆中に二桁もの自販機が撤去されたという。著者と同世代人の私も、このエロ文化はなくならないでほしいと思いつつ読んだ。

新潮社 新潮45
2017年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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