宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その9――作家生活30周年記念・特別編

レビュー

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幻色江戸ごよみ

『幻色江戸ごよみ』

著者
宮部 みゆき [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101369198
価格
724円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その9――作家生活30周年記念・特別編

[レビュアー] 佐藤誠一郎(編集者)

 今年、作家の宮部みゆきさんが、作家生活30周年を迎えられます。この記念すべきメモリアルイヤーに、宮部みゆきさんの単行本未収録エッセイやインタビュー、対談などを、年間を通じて掲載していきます。今回は特別編として新潮社で宮部みゆきさんを担当して25年の編集者で、新潮講座の人気講師でもある佐藤誠一郎が数ある名短編の中から選りすぐりの作品を紹介します。

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 お次は「ベスト3」に挙げられた短編集のひとつ、『幻色江戸ごよみ』(新潮文庫所収)の中から一編を選んでご紹介します。

 この短編集は、師走の二十八日から年が明けるまでの五日間を扱った「鬼子母火」を第一話として、全十二話、つまり江戸の四季折々の風物詩を背景として描いた連作です。

 その中の十月を扱った短編が、「神無月」です。

「神は、出雲の国に去っている」

 ラスト一行にそうあるように、ふだんはあまねく日本の全土にいる八百万の神々が、出雲の国に集結するとされるのが十月。この見事な最終行は、神様が留守している月に、小豆を袂に入れて何やら儀式めいた形で行われる盗みを象徴してもいるのです。

 この作品では、不思議なことに個人名がほとんど出てきません。

かすかに明かされるのは、ある男が心の中で呼びかける「おたよ」という娘の名と、住まいである長屋の木札に記された名前のみ。盗人のことを語る側も、読者は、岡っ引きと居酒屋の親父というふうに知らされるだけ。

なのに、この登場人物たちの存在感はどうでしょう。名前なんかついていなくても、読むほうは戸惑うことなく物語に浸れます。これもまたミヤベ魔術!

 奇妙な押し込みの現場を、神様も見なかったことにしてくれてるんですよね、名もなき人々を救うためなんだから――そう思いたくなるような哀切なラストです。

Book Bang編集部
2017年8月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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