新書で読む「江夏の21球」 日本中に与えた衝撃

レビュー

5
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江夏の21球

『江夏の21球』

著者
山際 淳司 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
芸術・生活/体育・スポーツ
ISBN
9784040821627
発売日
2017/07/10
価格
907円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

大人の夏の読書は新書であの名作を

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 静かな文章を読んで、しんとした気分になりたいときは、山際淳司江夏の21球』だ。そこには「人の世」があり、「どうにもならないこと」があり、追い詰められた「男」が壁に背中を擦りつけて息をしている。何かひとつを決してあきらめないことによって他のすべてをきれいさっぱりあきらめているような、陰影のある男を描くのが得意だった著者は、46歳の若さで没し、もう22年が経つ。

 表題作は、1979年の日本シリーズ(近鉄対広島)を描く。9回裏の26分49秒、21球のなかで展開する心理劇だ。野球は確率とセオリーのスポーツであるから、大舞台のギリギリの場面で考えることは、プロならばふつうみんな同じ。しかしこの文章は、その場にいた選手や監督がそれぞれいかに違うものを見ていたかを書いている。江夏という特異点が、そんな場を作り出すのである。

 ここには、読者の感情をあおる表現も、おおげさな美化や演出も、なんにもない。つまりは安っぽくないのだ。ただただ静かであるからこそ、読者の胸にせまる。この文章が発表された1980年、日本中が衝撃を受けた。

「江夏の21球」は文庫でも読める(『スローカーブを、もう一球』所収)が、この新書は野球テーマ限定の特別編集で、内容が大幅に異なる。「バッティング投手」「テスト生」「異邦人たちの天覧試合」など名作ぞろい。初めて読む人にも、久しぶりに再読する人にもおすすめです。

新潮社 週刊新潮
2017年8月31日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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