『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』 堀川惠子著

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戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇

『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』

著者
堀川 惠子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784062207027
発売日
2017/07/07
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』 堀川惠子著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

時代と格闘、人間演じる

 本書の主人公の一人である八田元夫は、明治36年生まれの演出家だ。戦争末期、彼が演出を務めた移動劇団「桜隊」は、隊員の9人が広島に疎開中、原爆で亡くなったことで知られる。井上ひさしが戯曲『紙屋町さくらホテル』で描き、新藤兼人がドキュメンタリー映画『さくら隊散る』で撮った「桜隊の悲劇」。著者は新発見の八田の資料を手掛かりに、その時代を緻密(ちみつ)な取材によって再現した。

 軸となるのは八田、劇作家の三好十郎、役者の丸山定夫という同時代を生きた三人の交流だ。新劇の黎明(れいめい)期、そして、戦前・戦中の演劇界が受けた検閲――。表現への弾圧が厳しさを増していく暗い時代、当時の演劇人たちがときに深く葛藤しながらも、どうにかして「人間」を演じようとした情熱が心に響く。特に1940年3月、彼らの最初の到達点になったという『浮標』の初日の描写は、ぜひともそれをこの目で見たかったと思わせる臨場感があった。

 だからこそ、奪われた未来が悲しい。激しい検閲や官憲の暴力に心身を傷つけられながら、それでも芝居をする喜びを手放さなかった彼らの苦闘の結末が、桜隊の悲劇であったことがやり切れなかった。

 被爆した丸山定夫が亡くなったのは8月16日。広島に駆けつけた八田は彼を看病しつつ、朝になると劇団員の捜索に出かけたという。その日、命の消えかかる丸山が「昨日、一日留守だったんだ。今日はいておくれよ」と必死に八田を引き留める場面などは、胸が詰まって涙なしには読めなかった。そして、仲間の遺骨を探し続けた八田もまた、様々な意味で「ヒロシマ」を抱えて戦後の演劇界に足跡を残していく。

 自由に芝居ができるようになった時代を、彼ら・彼女たちに少しでも生きて欲しかった、と思う。桜隊の人々の生きた証(あかし)を確かに記録しようとした著者の思いが、全篇(ぜんぺん)を通してひしひしと伝わってくる作品である。

 ◇ほりかわ・けいこ=1969年広島県生まれ。ジャーナリスト。『原爆供養塔』で大宅壮一ノンフィクション賞。

 講談社 1800円

読売新聞
2017年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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