『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』 伊井春樹著

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか

『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』

著者
伊井 春樹 [著]
出版社
ミネルヴァ書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784623079988
発売日
2017/07/10
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』 伊井春樹著

[レビュアー] 奈良岡聰智(政治史学者・京大教授)

最新文化トレンド映す

 宝塚歌劇(タカラヅカ)は、阪急電鉄の創業者小林一三が集客策の一環として1914年に創始したものである。文学青年でもあった小林は、自らアイデアを練り、女性のみから成るユニークな一大エンターテイメントを育て上げた。本書は彼の構想を深く掘り下げ、タカラヅカ誕生に至った経緯を明らかにしている。

 小林は当初、終着駅宝塚に大規模な室内プールを建設した。しかし、水が冷たくて不人気だったため、プールの水を抜いて客席とし、脱衣場を舞台にすることで歌劇を始めた。この「プールから劇場へ」という大胆な転換は、小林の柔軟で巧(たく)みな経営手腕の象徴としてよく知られ、称賛されてきた。しかし著者は、このエピソードは従来誇張して伝えられてきた感があると指摘する。実際にはプールはもともと多目的ホールとして設計され、劇場としての使用も予定されていたようだ。本書では、歌劇開演に至るまでの小林の様々な試行錯誤が、写真や新聞記事などとともに紹介されている。

 タカラヅカの初公演の演目の一つは、「ドンブラコ」(桃太郎)であった。著者はその背景として、明治末期に流行していたお伽(とぎ)芝居(児童劇)の影響があったと分析している。桃太郎劇はお伽芝居の代表的な演目で、児童文学者巌谷小波(いわやさざなみ)らの尽力もあり、盛んに上演されていた。また、戦前のタカラヅカを支えた演出家久松一声は、元来お伽芝居を軸に演劇改良に取り組んでいた人物であった。小林が西洋のオペラに触発され、当時流行のお伽芝居や少年音楽隊などの影響も受けて発案したのが、少女歌劇という形態であった。タカラヅカは、しばしば特異な存在だと見られるが、明治末から大正期の文化の最新トレンドを反映していたのである。

 タカラヅカは百年以上の歴史を持ち、今なお多くのファンを魅了しているが、草創期の歴史はあまり知られていない。華麗な舞台を観(み)る前に、小林一三の夢を辿(たど)るのも一興であろう。

 ◇いい・はるき=1941年生まれ。大阪大教授、国文学研究資料館長などを経て、阪急文化財団理事・館長。

 ミネルヴァ書房 2800円

読売新聞
2017年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加