『写本の文化誌』 クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ著

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写本の文化誌

『写本の文化誌』

著者
クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ [著]/一條 麻美子 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784560095591
発売日
2017/07/23
価格
3,564円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『写本の文化誌』 クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

デジタル社会への示唆

 ヨーロッパ中世の写本の魅力を存分に、わかりやすく紹介してくれるありがたい一書。豊富な写真の数々はそれ自体見ていて楽しいし、美麗な手書きの文字は、思わず活字本なのではないかと見返してしまうほどだ。しかしそれは話が逆なので、実は草創期の活字は、写本に本来備わる美や権威を模倣してデザインされたものなのだった。

 写本の文化を支えていたのは、濃密な身体性と共同性である。この時代、「本」は対等にコミュニケーションすべき「人間」として擬人化されていた。たとえばアルファベットがしばしば人型の文字で表記されるのもその表れだ。字を写すのは一人一日六頁(ページ)程度が限度であったとか。編集担当者、挿絵画家ら多くの人々の共同作業によってこの工芸品は世に送り出される。聞くこと(口承)と読むこと(文字)と見ること(画像)と。この三者が一体となったところに希有(けう)な文化が開花したのである。

 本書のもう一つの魅力は、パトロンや一般市民の成熟など、社会条件の変容と共に、俗語(ドイツ語)で書かれた「文学」が誕生していく経緯がたどられている点だ。特に一三~一四世紀に成立した一大抒情(じょじょう)詩集、「マネッセ写本」の謎を読み解いていくくだりは圧巻である。

 注目すべきは、失われた古き良き文化、といった懐古路線を本書がとっていない点だ。口承から写本へ、写本から活字本へ、さらには現代のデジタル化へ。人類は大きく三つのメディア革命を体験したが、そこには共通する普遍的な課題があって、数世紀前に写本で経験した問題は姿を変え、今日のデジタル社会に復活している。たとえば増える一方の情報をいかにアーカイブ化していくか、文字と他の視覚情報との共存をいかに図るか、ネット上で常に「更新」され続ける情報の可変性など、もしかしたら我々は当時の課題を拡大再生産する形で引き継いでいるのかもしれないのである。温故知新、というべきか。一條麻美子訳。

 ◇Claudia Brinker‐von der Heyde=1950年生まれ。独カッセル大学副学長。専門はドイツ文学。

 白水社 3300円

読売新聞
2017年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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