『交換・権力・文化』 桜井英治著

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交換・権力・文化

『交換・権力・文化』

著者
桜井英治 [著]
出版社
みすず書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784622086116
発売日
2017/06/10
価格
5,616円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『交換・権力・文化』 桜井英治著

[レビュアー] 清水克行(日本史学者・明治大教授)

常識覆す中世の経済

 近頃、「人生の大事なことはすべて〇〇から学んだ」といった宣伝文句をよく見かける。その言い回しを借りれば、きっとこの著者なら「大事なことはすべて日本中世から学べる」と言うのではないだろうか。日本史の一時代でありながら、「中世」には他の時代にはない様々な可能性が内包されている。

 本書は5~600年前の日本社会の経済現象を扱った歴史書だが、そこで描かれる事象も、これまでの様々な学問分野の常識を覆すものばかりだ。人類学では、未開社会の首長はポトラッチと呼ばれる過剰な饗宴(きょうえん)や贈与を繰り広げることで、自らの威信を高めるとされてきた。しかし、本書によれば「成熟した儀礼社会」である日本中世社会は「これ見よがし」の蕩尽(とうじん)を忌避する非ポトラッチ型の社会であったという。その一方で、この社会は他国の通貨(中国銭)を国内通貨として取り込み、それも足りなくなれば粗悪な偽造銭すらも通貨として通用させてしまう無頓着さを併せもつ。そこでは「悪貨が良貨を駆逐する」という経済学の基本原則もほとんど働いていない。そして「折紙(おりがみ)」と呼ばれる、もとは贈答品の目録にすぎなかった紙片が、転々と人手を渡り、約束手形さながらの奔放な流通の気配すら見せる。著者によれば「贈与経済は極限まで進むと市場経済ときわめて近いものになる」のだという。

 1980年代、日本中世史研究は、文化人類学や現代思想と肩を並べる花形の学問分野だった。人々は、そこに近代人の硬直した価値観を揺るがす破壊力を見出(みいだ)していた。本書のインパクトも、その延長線上に位置づけることができるだろう。本書で説かれるのは、「未開」や「文明」という尺度自体に再検討を迫る「もうひとつの社会」なのだ。だからこそ、本書は日本中世史などという狭い領域ではなく、むしろ他分野の人々にこそ読まれてほしい。歴史書らしからぬ厳(いか)つい概念が並ぶタイトルにも、そんな著者の自負が感じ取れる。

 ◇さくらい・えいじ=1961年茨城県生まれ。東京大教授。専門は日本中世史など。著書に『贈与の歴史学』。

 みすず書房 5200円

読売新聞
2017年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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