『ボクたちはみんな大人になれなかった』
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【燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』刊行記念対談】燃え殻×大槻ケンヂ/大人にだってフューチャーしかない
[文] 新潮社
大人になってよかったんだ?
燃え殻 彼女は大槻さんのそういうエッジーな成分を丸ごと摂取してたから、寺山修司も映画もプロレスも大好きだったんです。でもその尖ってお洒落なことに命かけてたような女の子が、20年後にフェイスブックでたまたま見かけたら、アイコンが死ぬほどダサかったんですよ!
大槻 それ小説にも書いてたけど、どんな写真だったの?
燃え殻 なんか東京マラソンに出場するために旦那とお揃いのジャージ着て、ストレッチしてるアイコンなんですよ!
大槻 いや、いーじゃない別に(笑)。
燃え殻 でも二人で両手繋いで引っ張りあって、脇腹伸ばしてるんですよ?!
大槻 だから、いーじゃない!(笑)人間には歴史があるの。今、彼女はストレッチ期なの。
燃え殻 そんな時期、あるんすか。
大槻 あるの。わかるよ、そういうの。
燃え殻 だって単館映画のチラシ集めてコラージュしてた子ですよ。それが夫婦色違いのジャージ着てストレッチしてる。
大槻 だったら旦那と民族衣装着て無農薬野菜作ってるとか、難解なイラン映画を観に行ってたら、納得するの?
燃え殻 そうか……。
大槻 サブカル沼から更生したと考えれば、いいんじゃないかしら。俺の周りとか、サブカル沼という底が丸見えの底なし沼に沈んだきりの人がたくさんいるもの。そうなるともう上がれないよ。
燃え殻 説得力しかないです(笑)。大槻さんは昔付き合ってた女の子が、沼から上がっていた方が嬉しいですか?
大槻 僕は良かったなと思う。『ラ・ラ・ランド』的な心境よね。観てないけど。
燃え殻 「大人になれなかった」って言いながらも、彼女と付き合ってた当時、僕の仕事はどんどん大人的になっていくんですよね。訳のわからない会社だったのに、事業がどんどん大きくなって、いつの間にか自分に「チーフ」とか肩書きがついてるんですよ。一方彼女は、大槻さんの『オーケンののほほんと熱い国へ行く』とか読んで、「私インド行きたいんだよね」っていう話をしてる。
大槻 全然話が噛み合ってない。
燃え殻 でも僕も昇進は嬉しかったから「チーフになったよ」って一応報告したんです。そしたら彼女がそれをスルーして、サイババの話したんですよ。
大槻 出世トークをサイババで殺す女!
燃え殻 彼女には、社会に回収されていく僕の話なんて全然響かないんですよ。「メメント・モリって分かる?」みたいな話の中でチーフになったお祝いなんて起こらないんです。僕その時「こいつ、つまんねえ大人になってくなあ」って思われている気がしたんですよね。
大槻 でも彼女にしてみれば、社会にちゃんと適応していく彼氏に置いていかれている切なさ、寂しさ、自分の不甲斐なさがあったんじゃないですか。
燃え殻 そうかなあ。僕はもともと鍵っ子で毎日マ・マーとかの缶詰でスパゲティを自分と妹の分作って、一緒に『あぶない刑事』の再放送を観るような子どもだったんです。サブカル要素なんてゼロなんですよ。サブカルエリートの彼女に憧れる一方で、自由な彼女が緩やかに離れていく感じが怖くて怖くて。だからフェイスブックで見た彼女が、僕なんかより全然“大人”になっちゃってる気がしてショックだったのかもしれないです。それで良かったんだ、と思って。
大槻 なるほどね。
燃え殻 僕もやめておけばいいのに、フェイスブックをスクロールして読んじゃったんですよ。そうしたら子どもを抱っこしてる写真に「六本木ヒルズでなんかバンドが演奏してる」って書いてあって、見たらEGO-WRAPPIN’のライブだったんです。昔だったら絶対「EGO-WRAPPIN’が演奏してる」って書く彼女だったのに……。
大槻 だから、いーじゃないの!(笑) これ飲み屋で、もうわかったからやめとけって言われるやつよ。朝4時の庄やで。
燃え殻 言えてる。
大槻 そういうのを普通、人は小説に書かない訳ですよ。でもそれをあえて書いたっていうのが、コロンブスの卵だったんです、この小説は。だってみんなあるもん、そういう過去。もしかしたら昔の文学では、書いている人がいたと思うんです。田山花袋の『蒲団』とかさ。
燃え殻 読んでない。
大槻 あのね、別れたオンナの蒲団の匂いを嗅ぐの。
燃え殻 それで一冊?! 深すぎる。
大槻 でもこの小説の中にも、彼女の服の匂いを嗅ぐシーンあったよね。これは現代の『蒲団』なんだよ。燃え殻さんは21世紀の自然主義なんじゃないだろうか。
燃え殻 女々しいとか今日もツイッターでディスられてましたけど(笑)、過去と現代が入り混じってる方が、僕には真実で。リアルなことを全部書けばいいってもんじゃないけど、記憶ってちゃんと順番通りに出てこないじゃないですか。
大槻 そうね、夢と一緒だから。整合性はないかもしれないけど、混沌とした中で最終的に迫るものがある。男の未練がましさがヌーヴェルヴァーグみたく描かれていて、僕は素敵だな、と思いましたよ。
燃え殻 やっぱり未練がましいですか。
大槻 そりゃあそうですよ。ものすごくよくわかりますよ、僕だって!
燃え殻 急に腹から声が出ましたね。
大槻 男はね、過去に別れた女性たちのことを考えてますよ!!
燃え殻 いや、もう本当に考えちゃうし、大槻さんとこうやって話してるのだって、彼女に会ったからなんですもん!
大槻 そんなキレたように言わないでくださいよ(笑)。
燃え殻 いや、キレてんですよ。いやいや、キレてないですよ。
大槻 ただ、そういう自分を狂わせるような人間に会ってしまった場合、青春の一時期を一緒に過ごしたら、別れたほうが正解な気はしますな。
燃え殻 ……あー。
大槻 以前エッセイにも書いたかもしれないんだけど、昔『FOOL’S MATE』っていう雑誌にやっぱり文通コーナーがあって、そこで坂本龍一を好きな女の子と出会った男がいて、でも結局別れることになるの。その別れるときのセリフが、「僕たちはお互いが好きなんじゃなくて、坂本龍一が好きだったんだね」。
燃え殻 アイタタタ。
大槻 結局お互いサブカルが好きだったんですよ。彼女は新生活を送る上で、もうサブカルは要らないと気づいたんです。