『神[カムイ]の涙』刊行記念インタビュー
[文] 田中久勝
馳星周といえば、日本のノワール小説の名手として数々の名作を残しているが、近年はそれだけにとどまらず、様々なジャンルの作品でも話題作を連発している。しかし変わらないのはその作品を読んでいる時間は、浮世の憂さを、徹底的に忘れさせてくれる、圧倒的なエンターテイメント性だ。最新作『神(カムイ)の涙』でもそれは貫かれている。「アイヌ」をテーマにしたことにより、日本全体の、日本人が抱える、今こそ向き合うべき問題を提起し、気づかせてくれ、“怒り”と“優しさ”が込められている。故郷・北海道を舞台にし、「アイヌ」という深く、繊細なテーマに取り組んだ理由を「18歳で東京に出てきてから、ほとんど顧みることがなかった故郷に対する想いと、小さい頃、周りにアイヌの人がたくさんいる環境の中で育って、差別というものを目の当たりにしてきたし、もしかしたら自分も差別的な発言をしていたのかもしれない。そのことへの贖罪も込めた」と語っている。
北海道・屈斜路湖を抱く街で、自然を敬い生きるアイヌの木彫り作家・平野敬蔵、その孫娘で、アイヌであることを消し去りたいと、都会の学校への進学を夢見る・悠、誰にも明かせない過去を抱え、自らのルーツを辿る雅比古――3人が出会ってしまったことで動き出すストーリーは、それぞれの人生の糸が複雑に絡み合い、しかしあるものによってそれが少しずつほどけていく。それは北の大地に育まれた、大らかさと、助け合いながら生きるという、真の人間性から生まれる“ゆるす”という無償の愛だ。自然が大きなテーマになっているこの物語について馳は「人は人の中にいると色々な顔を作れるけど、自然の中にいるとそれはできない。自然の中では素の自分が出る」と、自身が自然の中で生活し、登山を始めたことで厳しい自然と対峙したからこそわかる、リアルな想いが込められている。そして「勇気を与えてくれるのは、やはり家族と友人。そこを描きたかった」と、「今書くことが楽しくて仕方ない」という作家生活20周年を迎えた名手が辿り着いた新境地は、シンプルかつ深い自然と人間の物語だ。