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【対談】柴田元幸×早助よう子/村上柴田翻訳堂の楽しみ方
[文] 新潮社

マッカートニー的なもの
柴田元幸
早助 やっぱり、『結婚式のメンバー』を新訳で読むことができたのが嬉しかったな~。
柴田 マッカラーズはファンが多いですね。僕が大昔、英文科の学生だった頃は、女子学生に一番人気があったんじゃないかな。授業では取り上げられるか取り上げられないかの瀬戸際ぐらいなんだけど。
早助 マッカラーズってフラナリー・オコナーと比較して語られることが多い気がするんですが。
柴田 アカデミズムではオコナーの方が根源的だとされていると思います。それに対してマッカラーズは感傷的だと。マッカラーズの『心は孤独な狩人』(The Heart Is a Lonely Hunter)はセンテンスになっているタイトルですよね。で、そのまま作者のメッセージなんです。そこに皮肉はない。だけどオコナーの短篇「善人はなかなかいない」(“A Good Man Is Hard to Find”)もセンテンスのタイトルですが、これは皮肉なんですね。まあタイトルだけの問題じゃないんだけど、とにかくこういうほうが批評性があって高級とされる。
でも村上さんが「それはジム・モリソンとポール・マッカートニーを比べるようなもの」だと言ってましたが言い得て妙ですね。このシリーズはポール・マッカートニー的なものを拾うシリーズなのかも。僕はソロになってからのポール・マッカートニーはそんなに好きじゃないけど(笑)。
早助 そっか、これ、ポール・マッカートニーなのか(笑)。
柴田 この中で一番、好きな作品は?
早助 うーん……昨日考えていたんですけど、これだけ多彩だと難しくて。はじめはマッカラーズが一番好きになるんだろうと思って読み始めたんですが、『チャイナ・メン』は大きな発見でしたし、ナサニエル・ウエストのひねくれ加減が心地いい夜もあり……。一気に読んだのはジェイムズ・ディッキーの『救い出される』。まさか途中からあんな話になるとは! 予想もつかない。『わが心の川』(注・『救い出される』の旧邦訳タイトル)じゃなくなった! そしてそういう作品をはしごしてお腹がいっぱいになると、『僕の名はアラム』の素朴さがしみじみ輝き出します。
一番新しいなと思ったのは『チャイナ・メン』です。わ、こんなことができるんだ、と思いました。自分の作品で、真似してるっていわれないように気をつけなきゃ。もう、今にも影響を受けそうな気がします。
柴田 海外の小説を模倣しようと思ってもシチュエーションが全然違うし、結局そこまでは似ないと思うんですね。そういう意味で海外文学を読むことは作家にとっていいインスピレーションになるのかなと思います。小野正嗣君がまだ院生の頃「先生が訳した○○に刺激されて書きました」とかいって小説送ってくるんだけど、ちっとも似ていない(笑)。海外文学っていうのはちょうどいい距離があるんだと思います。
翻訳を見直す
柴田 最初は気がつかなかったんですが、結果的には、よい翻訳者による本が選ばれていますよね。だから、一つの基準はやっぱり翻訳ですね。
早助 翻訳者には、亡くなった方も、ご存命の方もいらっしゃいますね。
柴田 人生は短いなぁと思いました(笑)。僕が学生の頃にバリバリ現役だった方々がもう何人も亡くなってるんだなと思って。一方、ハーディの短篇集を翻訳なさった河野一郎先生の著書『翻訳上達法』は、僕がこれまでに唯一読んだ翻訳の指南書です。復刊するにあたって訳文に手を入れて下さいました。うれしかったですね。
早助 面白いでしょうね、何十年も経ってから自分の訳文を見返すのって。愛着があれば。
柴田 うん、もうちょっと長生きして自分もやってみたい……あ、もうしてるか(笑)。