人が辞めない会社を作るために大切なのは「フェア・バリュー」を実現すること

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人が辞めない会社がやっている「すごい」人事評価

『人が辞めない会社がやっている「すごい」人事評価』

著者
高橋恭介 [著]
出版社
アスコム
ISBN
9784776209522
発売日
2017/06/24
価格
1,650円(税込)

人が辞めない会社を作るために大切なのは「フェア・バリュー」を実現すること

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

人が辞めない会社がやっている「すごい」人事評価』(高橋恭介著、アスコム)の著者は、1000社を超える中小・ベンチャー企業に対する人事評価制度の構築・運用実績を持つという人物。いってみれば人事評価のプロです。

社員を評価するということは、人を採用し、定着させることと密接な関係があります。(中略)私が推奨する人事評価制度は、採用力、定着力、育成力が一気に上がる、いわば「一粒で三度おいしい」妙薬なのです。

しかし、世の中の多くの人事評価は、単に「評価のための評価」で終わっているのが現状です。(「はじめに」より)

そこで本書においても、著者が豊富な経験のなかから生み出した評価制度を紹介しているわけです。ここに示されたメソッドを取り入れた結果、社風や仕事の進め方にも変化が出て、採用力が上がった企業が数多いのだとか。

では、優秀な社員を定着させるためには、具体的にどうすればいいのでしょうか? 第2章「優秀な社員が定着する最強人事メソッドとは」のなかから、いくつかのポイントを引き出してみたいと思います。

人事へ投資すれば生産性は向上する

2017年4月に大手宅配サービスのヤマト運輸が、「再配達の受付時間短縮」を決定しました。いうまでもなく、インターネット通販需要が急増したため、従業員の負担が限界に達したことがその原因。著者もヤマト運輸の決断を、「日本の消費者がこれまで当たり前のように享受していた『過剰サービス』が事業者側から見直された、歴史的転換」だと評価しています。

たしかに過剰サービスに起因する長時間労働は、会社も社員も疲弊させ、やがてそれが人材の流出を招くことになってしまいます。人が会社に定着せず、優秀な人材が育たなくなり、最終的にサービスの低下につながってしまうのであればそれは本末転倒だといわざるを得ません。

そんな状況下において注目を集めてきたのが、政府が推進する「働き方改革」。その柱になっているのは「残業時間上限の厳格化」です。

1. 1カ月の残業が45時間を超えるのは、年6カ月まで

2. 2〜6カ月の平均残業時間は80時間以内

3. 労使協定を結んだ場合も、1年間の残業の総計は720時間以内

(31ページより)

このように残業の上限を設け、違反した企業には罰則が課せられるというもの。ここに示された基準が妥当であるか否かについては議論の余地があるとはいえ、「従来の残業の上限を引き下げた」という点は評価できると著者は記しています。

とはいっても、労働時間を短縮化するだけでは不十分。こうした考え方を踏まえたうえで「個々の労働者の生産性をどう上げていくのか」という視点を持つことが、今後の企業経営のカギになるというのです。つまり経営者側の視点が加わってこそ真の「働き方改革」が実現するということ。

高度経済成長期から現在に至るまで、「日本の労働生産性は、先進国のなかでは異例といえる低い水準にある」といわれ続けてきたことはご存知のとおり。そこで、そんな日本の現状を改善すべく、著者は独自の「働き方改革」を提唱しています。

仮に労働時間を減らしたとして、生産性が従来と同じであれば、当然、企業の業績は下がります。これでは労働者にとっても嬉しくありません。(中略)いまの日本の企業には「人事への投資」が必要不可欠です。「労働時間の削減」も、人事への投資にほかなりません。(32ページより)

だとすれば次の課題は、「どうやって生産性を上げればよいのか」ということであるはず。そして、その課題解決に必要なものこそ、単なる労働者の保護ではない、真の「働き方改革」なのだと著者は主張しています。(30ページより)

「働き方改革」にはフェアな評価が不可欠

経済が長期にわたって停滞するいまの日本の経済状況において、本当に保護するべきは「高い能力を持つ社員」。彼らの働きに対して、その高い能力に見合った評価、すなわち「フェア・バリューの評価」を与えることが、日本経済の新たな飛躍の原動力になるということです。

でも、能力に関係なく勤続年数で給与が上がっていく「年功給」制度は、フェア・バリューを実現しているとはいえません。また、前職の給与を無条件に保障する前提で中途採用を行う企業も、やはりフェア・バリューを無視しています。

だとすれば、どうやってフェア・バリューによる人事評価を実現するのか? それが、著者が考え続けてきた大きなテーマ。高い能力を持つ社員をフェア・バリューによる人事評価によって保護すれば、結果として会社組織全体も保護されるというのです。しかし、それは「能力の低い社員を切り捨てろ」ということではないのだとか。

能力が高い社員に対しては、それに見合った評価を与えます。それと同時に、必ずしも能力が高くない社員に対しては、能力の向上を促す。これこそ、会社と社員でWinWinの関係を築くことにほかなりません。(33ページより)

とはいえ現実的には、従来の年功制度に寄りかかり、自身の能力の向上に無関心な社員もいるはず。そういう社員はフェア・バリューによる人事評価についていけず、自ら退社を選ぶこともあるでしょう。それもまた、フェア・バリューによる評価の結果だということ。ある程度の新陳代謝によって企業全体の生産性が高まり、ひいては企業防衛にもつながっていくという考え方です。

生産性の向上を目指すなら、単なる労働者保護で終わってはいけないということ。政府が打ち出した「残業時間の上限を厳しくする」という方針は、あくまで真の「働き方改革」に向けた入り口。「人が辞めない会社」というゴールは、その延長戦のさらに先にあるということです。(32ページより)

「フェア・バリュー」を実現する人事評価

だとすれば気になるのは、真の「働き方改革」を実現するために必要なフェア・バリューによる人事評価とは、いったいどのようなものなのかということ。

まず、悪いモデルケースとして著者が上げているのが「社員を甘やかす会社」です。そのような会社には、「会社としての価値基準」および「評価の絶対軸」が欠如しているというのです。価値基準も絶対軸もないから、社員に迎合しかできないということ。「社員への迎合」も、「社員の個性の尊重」といいかえれば聞こえはいいかもしれません。しかし個性とは本来、一定のルールや価値基準を守ったうえで発揮されるものです。

それに、そもそも企業としての価値基準を持たない組織は非常に危ういもの。独自の価値基準および人事評価の絶対軸を持たなければ、組織は成立せず、ただのカオスとなるだけだからです。たとえ組織が「業績アップ」という当然の目標を掲げていたとしても、価値基準がない企業では、全社員が一丸となって目標を目指すことはできないのですから。

1990年代半ばから後半にかけて、日本の多くの企業が成果主義・目標管理型の人事評価制度を導入しました。しかし、うまく機能した例は一握りです。

なぜ、成果主義は日本企業にうまくマッチしなかったのか。理由のひとつとして、「成果主義による人事評価は、製造や営業、販売などの直接部門にしか適用できない」という現実があります。経理や総務、情報システムなどの間接部門では、「成果」を持ってフェア・バリューをはかることができません。(36ページより)

間接部門で成果主義による人事評価ができないとなれば、従来型の年功給制度を用いるほかないという考え方もあるかもしれません。しかし、ひとつの企業のなかで「こっちの部門は成果主義」「そっちの部門は年功給」というダブルスタンダードが生じてしまうと、公平性の担保が難しくなるということです。

いうまでもなく企業活動は直接部門と間接部門の両輪によって推進されるもの。そこに不公平感や不信感が生まれてしまったのでは、「価値基準・評価の絶対軸を持たない企業」と同じになってしまうわけです。

しかしフェア・バリューが実現できれば、優秀な社員の定着率を上げ、普通の社員の成長を促し、社員の会社に対する信頼度を高め、「人が辞めない」会社を実現できると著者はいいます。(34ページより)

ちなみに第3章では、「すごい」人事評価制度を導入した結果として変わったという、10種の会社の事例も紹介されています。つまり、「なにがどう変わったのか」をわかりやすく理解できるというメリットも本書にはあるのです。優秀な人材を確保したいという人事担当者はもちろんのこと、組織におけるリーダーにとっても役立つ内容だといえそうです。

メディアジーン lifehacker
2017年8月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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