【対談】『山崎豊子と〈男〉たち』をめぐって 大澤真幸×平尾隆弘

対談・鼎談

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山崎豊子と<男>たち

『山崎豊子と<男>たち』

著者
大澤 真幸 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784106038075
発売日
2017/05/26
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【新潮選書『山崎豊子と〈男〉たち』刊行記念対談】『山崎豊子と〈男〉たち』をめぐって 大澤真幸×平尾隆弘

[文] 新潮社

山崎豊子で戦後問題が解ける?

大澤 山崎作品には、我々が克服できないコンプレックスを克服してくれる主人公がいます。だから、みんな山崎さんが書いたような男になりたいと思う。だけど、誰もなれない。なぜだろうと。この本の執筆は、そこから始まりました。

 もともと僕は、山崎さんのことをいずれ書こうとか思いながら読んでいたわけではないんです。一番は自分が知らない世界に対する興味。例えば日本人の大半がサラリーマンですが、自分は社会学をやっているのに、そういう生活を余り知らない。社会勉強をしながら楽しめる小説、みたいなのが最初でした。

 そのうちにだんだん、何で山崎さんだけがこんなにメリハリのきいた男を描けるんだろうと? ステレオタイプな部分もあるけれども、ほかの作家にこういう男は出てこない。しかも大ヒットするわけだから、みんな真似してやればいいとも思うけれど、山崎豊子にしか書けない。不思議だなと。そして、これは、山崎さんの個人的な資質というよりも、日本の戦後というものが持っている、ある種の精神の問題と密接に絡んでいるのでは? と気づくようになったんですね。

平尾 今回の本を毎日新聞が「目からうろこの一冊」と紹介していましたが、『大地の子』の編集担当だった私も、まったく同感。山崎文学を、社会現象として読み解くというのが大澤さんの方法で、文芸評論でもないし作家論でもない。あ、こういう新しい見方ができるのかと感心しました。

 山崎先生は、初対面の名刺交換の時、「私はやまざきじゃなくて、やまさきだから間違えんように」と仰ったんですよ。

大澤 そこが重要らしいですね。

平尾 「私は、悪役には濁点をつけとるのや。やまざきだと悪役やで」と。「先生、そう言えば財前五郎、随分濁ってますね。三つも」と言ったら喜んで、私の名刺を見て「平尾隆弘、澄んどるな」とか。「文藝春秋は濁ってますね」みたいな話で、盛り上がりました。

 先生は、五十六年の作家生活で長編小説の点数が十五点。短編と中編はわずか九作で、エッセイや対談もほとんどありません。とにかく長編小説がすべてなんです。全生活を、長編小説にかけているというのは、山崎先生だけなのではないかと思ってまして、本当に迫力がすごかったです。

 さて、今回の本のキーワード、「男らしい男」って何やということですが。

善人のリアリティを出すのは難しい

大澤 最初にすごく印象に残ったのは、やはり『白い巨塔』です。そこから後のものを読むと、とにかくキャラが立った男ばかり出てくる。浅田次郎さんが書いた追悼文に、「山崎豊子という人は本当に男を書けた人だ。自分は脱帽だ」とある。浅田さんだってかなり格好いい男を書いているのに、そう思うんだなと。

平尾 財前五郎は素晴らしいダーティー・ヒーローで、ワルなのに魅力があるわけですよね。財前に比べたら、例えば『大地の子』の陸一心は、余りにも善の権化といいますか、類型化されているんではないかと、連載当時は心配していました。悪役なら書き込んでいくと、魅力が増してくるのですが、善人の方は、善をどんどん書いていっても、こんなのいるわけないだろう、単に〝御立派〟みたいな感じにとられてしまうのではと悩んだのです。ところが、大澤さんは、戦争三部作以降の主人公は善人だが格好良く、それには理由があると分析されました。

大澤 それから、山崎作品についていろいろ考えるようになったのです。一方で、日本はとにかく戦後という問題をずっと引きずっているということがとても気になっていました。何とか、片づけなければいけないと。日本では戦後と言えば太平洋戦争以後を指しますが、もし皆さんがアメリカかどこかに行って「ポスト・ウォー」と言ったら、どの戦争のことかって訊かれると思います。七十年も戦後が続いている国は世界中で日本だけなんですよ。これは、僕らが戦争に負けたことが原因で生じた何かの困難を、まだ克服できないでいるからなのです。やがて戦後という問題と山崎豊子にだけ男が描かれているという謎とは実は深く結びついているのだ、と気づいたのです。

 日本が「戦後」を克服できないのはどうしてか、ということを書いた本はたくさんありますが、この謎を山崎豊子で解くことには特別な意味がある、例えば憲法で戦後の問題について論ずるとする。その時はみんな「戦後」を意識するじゃないですか。でも山崎豊子を読んでいる時は、僕らは無邪気に楽しんでいるだけなんです。意識的に戦後を考える時よりも、単に小説にのめり込んでいる時の方が、自分の克服できない無意識の相が実は現れる。それを解明出来たら、我々は、七十年以上経っても敗戦という罠にまだはまったままなんだと、戦後生まれの者でさえもその罠に深くはまっているんだと気づくことになるのです。

 例えば、今回の共謀罪の成立の仕方は、日本が戦争に流された時と同じなんですね。いかに、僕らが戦争の前の日本人と同じ行動様式かと思うわけです。戦後生まれの人の方が、そうと自覚することなく、むしろ敗戦のコンプレックスの中に生きている。そういう意味でも、「戦後」を片づけたい。そのためには、戦争によって受けた何かを僕らが克服することで、ブレイクスルーをしなければいけない。そのことを、山崎豊子というエンターテインメントを材料にして考えてみたということなんです。

平尾 そこから、日本人の戦争との向き合い方の話になりますね。

 山崎先生は、何でもうちょっと財前的なダーティー・ヒーローを書かなかったのだろうと疑問に思い、お聞きしたことがあります。先生は「私は船場ものを書いて、社会派になって、次に行くためには国際性。これを取り入れなかったら作品がもたんと思った。国際性ということを考えると、財前みたいなワルはもう書けない」と答えられた。大澤さんのように理論的な分析ではないけれど、直観の凄さがあるんです。

 そうすると、悪は人間ではなく、日本という国家、それから戦争。誰もが納得する悪に対して立ち向かうと、善のヒーローが際立つ。戦争三部作はそういう構図なのかなと、私は思っていました。

 ところが大澤さんは、山崎先生が意識的であれ無意識的であれ、「戦争の受けとめ方」をキーに、リアリティのある善を作っていったと別の捉え方をされた。

大澤 『不毛地帯』以降は、男はみんな格好よくて広い意味での正義のヒーローなんです。ただ、難しいはずです。善人で魅力的な男を書くと、そんな奴いるわけないよみたいになってしまう。

 実は、山崎さんにとっては、敗戦という主題の前に、男を描きたいというモチーフがあったと思います。それに最初に成功したのが『白い巨塔』。しかし、『華麗なる一族』の万俵大介もそうですが、男らしい男はどうしても悪の方へと向いてしまう。これにも、実は戦後の精神史というコンテクストが――、「理想の時代→虚構の時代→不可能性の時代」という「精神史の三段階」論が私の持論ですが、この三段階の転換が作用しています。

 ともあれついに山崎さんは、いやほとんど彼女だけが成功した。正義の男を描くことに。どうしてかと考えた時に、詳しいことは本を読んで頂きたいですが、基本的には、敗戦に対してどういうふうに関わったかということが鍵なんです。

 どうも日本人全体としては、あの敗戦に対して、何が問題だったのか、何を反省すればいいのか、よくわかっていなかったと思えるんです。そういう所からは、けちで臆病な男しか出て来られない。ところが、敗戦に対して主体的な覚悟がある男を前提にすると、そこに初めてリアリティのある善が宿る。

 もう一つ、僕が山崎さんに注目したのは、日本の戦後を考える時のキーになる世代だったということです。戦争が終わった時に、二十歳前後になる人たち。吉本隆明や三島由紀夫もそうです。

平尾 戦中派ですね。

大澤 山崎さんもまさにその世代。ただ、最初のうちはご自身でもそんなに戦争のことを意識されてなかったと思います。なのに、自分では気がつかないうちに、戦争という主題が発酵してきた。

暖簾を通じて男になる!

平尾 村上春樹さんによれば、作家には、横に広がる時と垂直に飛ぶ時がある。垂直に飛ぶのは、難しいけどとても重要なことです。山崎先生は少なくとも二回は確実に垂直に飛んでいる。最初は生まれ育った船場のこと。そこから、社会派の『白い巨塔』を書き、一回垂直に飛んでいます。次に垂直に飛んだのが『不毛地帯』ですね。大澤さんの分析にありますが、ここで戦争、というよりも敗戦と正面から向き合った。

大澤 そうですね。

平尾 今回のご本と内田樹さんの『日本の覚醒のために』を読んで、なるほどと思ったことがあります。

 山崎豊子はなぜ、初期の船場ものから脱却していったかという話です。先生には「暖簾の思想」というべきものが強固にありました。その根本は暖簾の本家本元は自分だという自負です。戦災によって船場は焼けてしまいましたが、そういった現実の問題と同時に、戦後の日本は、いわば本家本元の暖簾をアメリカに奪われてしまったわけでしょう。

 日本は、ご主人(アメリカ)の言うことを聞いて、信用を勝ち取って、そのご褒美に「暖簾分け」して頂く立場に変わりました。なので、対米従属による自立こそが、戦争直後、アメリカに占領された日本の目標だった。その目標は、サンフランシスコ講和条約による占領の終結で、ひとまず達成されたことになります。したがって、アメリカに暖簾分けしてもらうまで、あるいは六〇年安保の頃までは、先生の船場ものには確かなリアリティがあったわけです。

 しかし、講和後もずっと「暖簾分け」状態で、本家の意向を伺っているのが、今の日本ではないか。だから、小説の舞台が船場に留まる限り、カッコいい人物を描くことは困難となった。本家はアメリカにいるのですから。

 大澤さんの文脈に置きかえると、真の本家たり得るためには、船場から脱出し、「敗戦」(戦争)とどうしても向き合う必要があったと思うのです。

大澤 面白いですね。暖簾というのは、商家にとってイエの象徴です。伝統的には日本人は全て、ある意味でイエというものに所属していました。だからイエを媒介にして、男になるというのが、成熟するモデルだった。

 山崎さんは恐らく、最初は日本的な粋な男の生き方を描きたいなと考えていた。作家を始めた頃は、自分は一生暖簾のことを書くと思っていたでしょう。

『暖簾』の主題が、暖簾を我が物にすることを通じて男になるという話でした。日本がこの先もずっとアメリカから暖簾分けしてもらう方法でやっていては、永遠に男にはなれないですね。

平尾 『二つの祖国』というのは、祖国が二つあるのではない、日米どちらの国にも祖国を見出すことができなかった人間の悲劇。『不毛地帯』は、シベリアと同時に祖国日本が不毛であると解読されていますね。

大澤 山崎さんの作品は面白くて、私はこの本を書きながら、楽しくなっちゃうという経験を何度もしました。深く考えるには、楽しむということが重要です。

 ただそれと同時に、僕がどうしても言っておきたかったのは、日本は敗戦を乗り越えなければいけないということです。日本人のほとんどは戦後生まれで敗戦なんか経験してないから、敗戦の問題なんて抱えてないと思ったら、そうではなくて逆なんです。実際に敗戦を経験している人の方がこれを乗り越えやすい。戦後生まれの我々は、自分は敗戦から何の影響も受けてないと思っているけれども、僕の見る所は、明らかに日本人は敗戦の問題を世代的に継承しちゃっていて、その結果、多くの歪みが生まれている。その問題が、山崎作品を媒介にした精神分析によって、見えてくるのです。

 そして、今それを乗り越えないといけないんです。今がラストチャンスです。戦争の時に二十歳だった人たちは九十歳を超えて、もうすぐほとんどの方は亡くなる。その前に、この世代を手がかりにして、我々が敗戦の問題を乗り越えないと、日本は二十一世紀の終わりになっても、昭和二十年の敗戦を引きずり続けることになってしまう。この本を乗り越えのきっかけにして欲しい。

平尾 戦後が、いつまでも続いているということが、山崎先生をして遺作の『約束の海』まで書かせた原動力になったわけでしょうが、一方で若い世代にも「敗戦の否認」が希薄化された形で再生産されているという御指摘ですよね。そういう問題意識を持って読んで欲しいです。本当に大変面白い本でした。

新潮社 波
2017年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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