現在にも通じる時代劇 杉田成道/『橋ものがたり』藤沢周平

レビュー

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橋ものがたり

『橋ものがたり』

著者
藤沢 周平 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101247052

書籍情報:版元ドットコム

現在にも通じる時代劇

[レビュアー] 杉田成道(演出家・映画監督、日本映画放送代表取締役社長)

 今年四月、藤沢周平さんの短編小説をドラマ化した「果し合い」(『時雨のあと』新潮文庫所収)がニューヨーク・フェスティバルでドラマスペシャル部門の金賞を受賞しました。ニューヨーク・フェスティバルはエミー賞やイタリア賞に次いで国際的権威のあるテレビ界の賞ですが、日本の時代劇のドラマが受賞したのは初めてのことです。

 この作品の主人公は、仲代達矢さんが演じる年老いた「部屋住み」の武士です。彼が可愛い甥の娘の窮地を救うために立ち上がり、文字通り果し合いに向かうというストーリーですが、授賞の背景にはおそらく「七人の侍」以来、欧米の人が抱くサムライへの畏敬の念があるのでしょう。そして、黒澤映画に数多く出演した仲代さんの存在感も大きく影響したと思います。「部屋住み」は日本人にも難しい言葉ですのでテロップを入れましたが、人間の情というものは国境を越えて理解されることが確認できて、嬉しく思いました。

「果し合い」は、「藤沢周平 新ドラマシリーズ」と題して時代劇専門チャンネルとスカパー!、BSフジで制作したドラマ五作品の一つです。このシリーズがおかげさまで好評でしたので、藤沢さんの没後二〇年・生誕九〇年にあたる今年、第二弾として『橋ものがたり』をドラマ化させていただくことになりました。藤沢作品の中でも「市井小説の名作」との呼び声が高いだけに、一層の覚悟をもって臨んでいます。原作は一〇篇から成る連作短編集ですが、その中から今回は「小さな橋で」「吹く風は秋」「小ぬか雨」の三作を選びました。まず九月一八日に私が監督した「小さな橋で」がBSスカパー!で放送され、残り二本は一〇月放送予定です。

「小さな橋で」は、時代劇では珍しい子どもが主人公の物語です。映像化にあたって私は、かつて演出を担当した「北の国から」を意識しました。この小説の最後の一行には主人公の男の子の心情が鮮やかに描かれていますが、それは映像化することができない一行です。ですから初めて読んだ時には、この作品には誰も手をつけられないだろうと思いましたが、そこで「北の国から」で人気を博した主人公・純のナレーションを思い出しました。あのように男の子の心情をナレーションで語らせればいい。そこから時代劇版「北の国から」といった趣のホームドラマを作ろう、という発想が生まれたのです。主役の広次を演じた田中奏生(かなう)君はオーディションを行って選び、芝居の成否は十一歳の彼にかかっていましたが、一か月以上の稽古の末に、難しいナレーションも見事にこなしてくれました。

 博打に負けて勤め先の店の金に手をつけてしまい、家庭を捨てて消えた父親。飲み屋で働いて家族を支えるものの、疲れて店の常連の男にすがってしまう母親。母との諍(いさか)いが絶えず、妻子持ちの男と駆け落ちする姉。広次の家族はみな欠点だらけの駄目な人間ですが、どことなく「北の国から」の登場人物たちとも似通った愛すべき人々です。藤沢さんの小説、特に市井物を読むと描かれている人間像が現在にも通じると感じることが多いのですが、この作品はまさにそうです。

 それに貧困の長屋が舞台ですから、重苦しくなりそうな話ですが、決してそうはなっていません。それは、人間の駄目な部分を否定せず、愛情をもって描いている作家の眼によるところが大きいと思います。藤沢さんが人間に対して優しかったから、登場人物たちのことが愛しく感じられるのではないでしょうか。

『橋ものがたり』には、強い思い入れのある読者が多いと思います。その思い入れを裏切ってはいけませんが、かといって物語の筋をそのままなぞるだけでは面白いドラマになりません。「小さな橋で」には原作にはないシーンをいくつも盛り込みました。たとえば、いなくなった父親は広次の心にも母親の心にも大きく存在しており、そのことは原作のベースには流れているものの、具体的に描かれてはいません。でも、物語を立ち上げるためにはその描写も必要と考え、父親が家にある物を残していったという設定にしてあります。広次がその物に語りかけるシーンを通して、父親に対する思いを表現してみました。

 演出家としては、正直なところ藤沢さんの作品の映像化には難しさを感じます。今の時代劇の多くは活劇主体で、ストーリー中心で動いていきます。ところが藤沢さんの小説の場合、中心は人間のキャラクターで、それがある状況の下で動いていくのです。そして文章に詩情があり、その中に人間の心の機微が描かれています。ですから単純にストーリーを追ってドラマを作ると最も肝心な部分が抜け落ちて、藤沢作品を読んだ印象と異なるものができてしまいます。そういったやりにくさはあるのですが、だからこそやってみたいという衝動にも駆られるのです。今後も可能な限り、映像化させていただきたいと思っています。

 (談)

新潮社 波
2017年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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