『ほんとうの憲法 戦後日本憲法学批判』 篠田英朗著

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3
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ほんとうの憲法

『ほんとうの憲法』

著者
篠田 英朗 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784480069788
発売日
2017/07/05
価格
929円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ほんとうの憲法 戦後日本憲法学批判』 篠田英朗著

[レビュアー] 三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

学界の権力構造に挑む

 反知性主義が蔓延(はびこ)っていると世界中で言われ始めたのが、2016年だった。守りに入った先進国の人々がポピュリズムに傾倒し、エリートに反発した。けれど、そうした多くの国々をしり目に、日本での反知性主義批判は、いかにも「お上」然とした政府与党に対してぶつけられたもので、知識人やメディアが展開した議論であった。

 「芦部信喜(あしべのぶよし)を知っていますか?」国会で総理に質問が出た。総理は知らないと答えたが、それは憲法学の権威の書いた基礎的教科書の内容も知らない人間が憲法を改正したり解釈を変えようとしている、という批判の込められた質問だった。芦部氏は東大で憲法学の講座を長らく担当し、安保法制をめぐり反対の論陣をはった長谷部恭男氏はその直系の弟子にあたる。

 著者はそうした高圧的な態度に違和感を覚えたようだ。冒頭で長谷部氏の発言を引用し、憲法学のコミュニティーにおける権力構造を指摘し、その世界観に戦いを挑んでいる。国際法の生成過程をガイドに、憲法を事実上起草したアメリカ人らの意図を読み解く。極めて合理的な説明だ。おそらく少なくない政治学者が感じてきたであろう、違和感がすっきりと表現されている。

 ただ、私が著者と見解を異にするのは、長谷部氏はじめ「法律家共同体」に軸足を置いてその解釈を守り切ろうとした人々の立場についてだ。実は、著者が批判する東大法学部の権威の系譜は、2015年までは極めて柔軟な憲法解釈を、政府寄りにしてきた。そのことへの説明が本書ではなされていない。本当のところ、あれほど強い反対に長谷部氏らが転じたのは、柔軟な解釈を提供してきた彼らが引いた「一線」を政権が超えたことへの嫌悪であったのではないかと私は思っている。

 問いは、なぜ彼らがそこに大きな一線を見出(みいだ)したのか、ということ。それこそが真の世界観の衝突だったのではないだろうかと思うのだが。

 ◇しのだ・ひであき=1968年生まれ。東京外国語大教授(国際関係論)。著書に『集団的自衛権の思想史』など。

 ちくま新書 860円

読売新聞
2017年8月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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