日本の長い戦後 橋本明子 著

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日本の長い戦後 橋本明子 著

[レビュアー] 福間良明(立命館大教授)

◆加害と被害 絡み合う記憶

 明治維新から七十二年後と言えば、一九四〇年。太平洋戦争開戦が間近に迫った時期である。現在、それと同じだけの歳月が、先の戦争の敗戦から経過した。しかし「敗戦のトラウマ」はいまなお、日本人に共有されている。

 その「敗戦のトラウマ」は決して単純なものでも一枚岩のものでもない。先の戦争にヒロイックな「英雄」を見出そうとする「美しい国の記憶」。戦争被害者としての思いを強く抱く「悲劇の国の記憶」。そして、東アジア諸国に対する「加害者」の側面に着目する「やましい国の記憶」。これらがいかに絡み合いながら、今日の戦争の記憶が形作られているのか。本書は、この点について精緻に考察している。

 ことに本書が意義深いのは、国際比較の視点である。フランスでは、「レジスタンスの勇士」「ナチ占領下の民間人」「ヴィシー政権下の協力者」の語りが混在している。ドイツの場合、政府の公式政策では「謝罪」「悔恨」が前面に出されている。だが、一般の人々の間では、加害者、被害者、傍観者など、様々な物語が存在しているという。多様で複雑な戦争体験や戦後体験を考えれば、それも当然だろう。

 それにしても、ドイツ政府の公式見解と日本政府のそれは、なぜ、かくも大きく異なっているのか。著者は、地政学的な要因を指摘する。冷戦構造下の西ドイツが経済的・政治的に生き残るためには、NATOへの参加や欧州統合への協力が不可欠であり、必然的に欧州諸国との和解は最重要課題であった。それに対し、日本の隣国の中国、北朝鮮、ソ連は共産主義体制下にあった。親米資本主義を選び取った日本にとって、それらの国々は「和解してはならない相手」であった。

 幾重にも捻(ねじ)れた現代日本の「戦争の語り」は、その延長上にある。「敗戦のトラウマ」の起点は何なのか。それはいかにして現在に至ったのか。本書は七十余年にわたる「長い戦後」について冷静な思考に誘う良書である。

 (山岡由美訳、みすず書房・3888円)

<はしもと・あきこ> 1952年生まれ。米国ポートランド州立大客員教授。

◆もう1冊 

 成田龍一著『戦後史入門』(河出文庫)。占領、55年体制、高度経済成長から戦後70年までを、沖縄の視点も含めて解説した入門書。

中日新聞 東京新聞
2017年9月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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