ナイジェリア系作家のデビュー作 危うさ滲む“フラヌール”

レビュー

3
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オープン・シティ

『オープン・シティ』

著者
テジュ・コール [著]/小磯 洋光 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901387
発売日
2017/07/31
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

危うさが滲み、心を揺さぶるフラヌール

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 街を散歩しながら、目に映る光景を手がかりに自由に思索と記憶を手繰り寄せていく。フラヌール(=遊歩者)視点の小説は、“たゆたい”の心地よさがある。だがテジュ・コールの『オープン・シティ』はそれだけでなく、少しずつ危うさが滲み、読者の心を揺さぶってくる作品だ。

 語り手のジュリアスはナイジェリア人の父、ドイツ人の母を持ち、アメリカで生まれ、ナイジェリアで少年時代を過ごし、今はニューヨークの病院の精神科でフェローシップの最後の年を迎えている。黄昏のマンハッタンをそぞろ歩き、街を眺め、人々と触れ合いながら、彼は自分や他者の記憶と歴史に想いをはせる。区画や街並みを丁寧に描写し、クラシック音楽をはじめとする文化的素養が滲む語りが楽しい。また、母方の祖母を探して訪れるブリュッセルも、この小説の舞台となる。

 父は死に、母とは疎遠だ。係累との繋がりが希薄な彼が引き寄せられるのは、自分と同じく疎外感を抱く人々だ。日系人の老教授、先住民や移民の歴史を研究するデラウェア族の鬱病患者、不法滞在者勾留施設から二年以上も出られないリベリア出身の青年。ブリュッセルではインターネットの店でモロッコ出身の青年と親しくなる。多くの移民が訪れるこの店で多国語を操り、客を捌く彼は、大学で差別的な扱いに失望し、自身の思想を熱くジュリアスに語る。

 異なるルーツの人々の人生を多数登場させ、人種や移民の問題に触れつつ語り手がアイデンティティを確認する内容かと思いきや、全く違う。人々の話に耳を傾けながらも、ジュリアスは淡々とし、人との間に距離を保つ。他者に安易に共感したり同情したりもしない、複雑な生い立ちの自分への自己憐憫もない。その淡泊さに、時に不安を覚えるのは確か。

 はっとするのは終盤だ。一人の女性が彼の過去に言及した時、読み手の胸中にジュリアスに対して不信感が生じる。彼と同じく他者の人生を眺めてきた、観察者気取りの自分に用意された落とし穴にはまった気分だ。自分は彼が見たいもの、語りたいものを読んできたに過ぎないのではないか。それを残念に思う自分もまた、見たいものしか見たくなかったのではないか。不安を抱かせたままの最終章で、彼が目にする光景は、人間の営みとは別にある、この世界の美しさと強靭さを突きつけてくる。人はなんと無防備で、孤独で、ちっぽけなことか。でもジュリアス同様、我々はそのことを確かめながら、明日を生きるのだ。

新潮社 週刊新潮
2017年9月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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