巨匠アーヴィング最新長編 ゴミ捨て場育ちの作家の旅

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神秘大通り (上)

『神秘大通り (上)』

著者
ジョン・アーヴィング [著]/小竹 由美子 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105191177
発売日
2017/07/31
価格
2,484円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

神秘大通り (下)

『神秘大通り (下)』

著者
ジョン・アーヴィング [著]/小竹 由美子 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105191184
発売日
2017/07/31
価格
2,484円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

夢と現実の切り替えに、身をゆだねるのが心地よい

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

「メキシコのゴミ捨て場の子供」で「アイオワで暮らす成功した作家」。普通には結びつくはずのない、二通りの人生を送った男性フワン・ディエゴが小説の主人公である。

 オアハカのゴミ捨て場で十四歳まで過ごしたフワン・ディエゴは焼却される本を拾い出して、スペイン語だけでなく英語まで身に付け、「ゴミ捨て場の読書家」と呼ばれる少年だった。ひとつ下の妹ルペもまた異能の持ち主で、他人の心を読むことができるのだが、彼女の話す言葉は兄にしか理解できない。

 教会付属の孤児院やサーカスでも暮らした彼が、どんな少年期を送り、足に障碍を持つことになったか。愛する人たちとめぐり逢い、別れることになったか。ニューヨークから香港、フィリピンの島々と、旅の途中で見る夢のうちに、懐かしい過去の記憶がよみがえる。

 メキシコの少年時代と、旅を続けている現在。物語は二つの時間を行き来する。過去がするりと現在に流れ込み、他人や自分自身の声によって引き戻される。夢と現実の滑らかな切り替えに、波に揺られるように身をゆだねるのが心地よい。フワン・ディエゴは時系列にこだわりを持つ作家、という設定だけに、過去の時間も現在の時間も、時系列が完璧に統御されていて、きわめてリーダブルに進行する。

 心臓の薬のせいで夢を見られなくなっていた作家は、大雪で足止めされた空港のラウンジで、その薬を預入れ荷物に入れてしまったことに気づく。旅の始まりで危機に立たされているのに彼はあわてない。夢の中で再び過去とつながれたことを楽しみ、自分の命を危険にさらすことには頓着しない。

 シェイクスピア作品の「旅の終わりは愛しい人とのめぐりあい。」という一節がさりげなく題辞に置かれている。アーヴィングは、巻末の一文を決めて小説を書き始めたそうだが、きれいに円環を閉じて冒頭に戻るとき、この言葉が輝き始める。

新潮社 週刊新潮
2017年9月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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