『AX アックス』
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夜は殺し屋、昼はサラリーマン。この副業は家庭と両立できるか?
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
40代半ばの三宅は、文房具メーカーに勤める平凡なサラリーマン。愛する妻、高校生の一人息子と、ごく普通の家庭生活を送っている。でも、ただひとつ違っていたのは、旦那さまは殺し屋だったのです。
……というわけで、本書のテーマは、家庭と副業(?)の両立。小説は、“殺しの仕事を終えて深夜に帰宅したとき、夜食に何を食べるべきか”について、主人公(殺し屋としての通り名は“兜”)が同業者に講義する場面で始まる。兜いわく、音がしないことや消費期限を勘案した長年の研究によれば、「最後に行き着くのは、魚肉ソーセージだ」。
最強の殺し屋である彼が、家庭に波風を立てないため、常日頃どんなに気を遣っているか、その涙ぐましい恐妻家エピソードの数々が楽しい(妙に実感がこもってるなあと思ったら、魚肉ソーセージの話を含め、編集者の実体験がかなり含まれているらしい)。
そういうコミカルな場面と並行して、殺し屋稼業から足を洗うことを決意した兜の前に立ちはだかるさまざまな困難が短編連作形式で描かれ、最終話では、あっと驚く意外な展開を経て、物語全体に鮮やかに幕が引かれる。全5編の内訳は、「AX」「BEE」「Crayon」の既発表作3編に、書き下ろしの「EXIT」と「FINE」。なるほど、アルファベット順ね、と思ってよく見ると、間に入るべきDがなぜか抜けてますが、実は「Drive」と題する作品が、導入部のみ雑誌掲載されている。息子の克巳が大学入試に受かった直後の話で、これが独立した長編として刊行されるのかどうかも気になるところ。
ちなみに伊坂ファンならご承知の通り、本書は、『グラスホッパー』『マリアビートル』と続く殺し屋シリーズ第3弾。前2作でおなじみの殺し屋たち――押し屋、蜜柑と檸檬、スズメバチなどなど――も登場するが、話は独立しているので、本書からいきなり読んでも問題ない。