あの文豪にもこんな作品が!時を超える異色作の数々

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あの文豪にもこんな作品が!時を超える異色作の数々

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 舞台は桃太郎に敗北し、珍宝(たから)を奪われた後の鬼ケ島。阿修羅河に浮かぶ苦桃(にがもも)から生まれた苦桃太郎が、黍(きび)団子の代わりに人間の髑髏(どくろ)を持って桃太郎討伐に向かう。お伴は狒(ひひ)と狼と毒龍! 奇想天外なアイデアに驚かされる「鬼桃太郎」の作者はなんと尾崎紅葉だ。東雅夫編『文豪妖怪名作選』は紅葉の「鬼桃太郎」をはじめ文豪の妖怪物語十九編を集めたアンソロジー。

 おばけずきで知られる泉鏡花の傑作戯曲「天守物語」はもちろん、鏡花と同じ紅葉門下でありながら対照的な作風だった徳田秋聲の天狗談話「屋上の怪音」や、平成の芥川賞作家・円城塔の斬新な翻訳による小泉八雲「ムジナ」もある。同じテーマでも多種多様な構成で飽きさせない。

 秋聲の天狗の話の次に同郷の室生犀星の「天狗」が配置されていたり、檀一雄の「最後の狐狸」に登場人物として出てきた佐藤春夫の「山妖海異」が後のほうに載っていたり、妖怪を介して文豪と文豪がつながるところも心が躍る。

 名アンソロジストは既存の膨大な作品群から時を超えて現代の読者を魅了する話を見つけだす。十人の文豪の性愛を題材にした小説を収める末國善己編『文豪エロティカル』(実業之日本社文庫)もそんな一冊だ。通勤電車で見かける女学生を執拗に観察する男の末路が衝撃的な田山花袋「少女病」、少年たちの美しく危うい関係に萌える堀辰雄「燃ゆる頬」など、収録作はいずれも想像をかきたてる小説ばかり。

 漫画家の安野モヨコが作品を選び、自ら挿画も手掛けた『耳瓔珞(みみようらく)』(中公文庫)のテーマは女心。不満を持てあました娘が桃林を見つめながらある決意にいたる岡本かの子「桃のある風景」から、温泉地を訪れた男がかつて傷つけた少女と思いがけない形で再会する川端康成「神います」まで十編を収める。

 今回取り上げたアンソロジーすべてに作品が入っているのが、今年七月に没後九十年を迎えた芥川龍之介だ。三冊を読み比べてみると代表作だけではわからない文豪の意外な一面が見えてくる。

新潮社 週刊新潮
2017年9月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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