『源氏物語 上』
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角田光代『源氏物語』を訳す
[文] 瀧井朝世(ライター)
■未来の新作小説に向けて
──今はどういう進捗状況なんですか?
角田 中巻が二〇一八年五月。下巻が二〇一八年一二月を予定しています。今は玉鬘十帖の最後、「真木柱」を訳し終えたところです。
──後半は他の人が書いたんじゃないかという説があるのも、角田さんが最終的にどう思うのか、気になりますよね。古川日出男さんが『源氏物語』をベースとした『女たち三百人の裏切りの書』を刊行したときにインタビューしたら、「宇治十帖こそ式部先輩が書きたかったことを掘り当てて書いた気がする」とおっしゃっていて、そうなんだ!と思ったんです。女の人たちがあの時代に搾取されて抑圧されていた辛さを、宇治十帖になってようやく書けたんじゃないかって。
角田 面白いですね。私も自分でどう考えるか、楽しみです。
──今好きな人物や気になる人物は、この中では誰になりますか。
角田 よく聞かれるんですが、ないんです。そもそも私、自分の小説を書くときも、登場人物の誰かに肩入れすることがないんですよね。だから今回の姫君たちにも全然思い入れがない。距離があるんですよね。
でも、最後の「少女」の巻の夕霧と雲居の雁のくだりは、可哀想すぎて泣きました。それまで全然感情移入しないで淡々と訳していたんですけど、あそこにきてなぜか幼い二人が可哀想で可哀想で。そんなこと、私は今まで小説を書いていて絶対なかったんですけど、パソコンを打ちながら、気がついたらぽろぽろ泣いていて。可哀想すぎて。もう少し位が上なら良かったのに、馬鹿にされて引き離されてみたいなところが、もう本当に、とても可哀想で。今思えば、なんでそんなことで泣いたんだろうとも思うんですけど(笑)。でもそれくらいそのときは心に刺さった。たぶん初めて人間味を覚えたのかな、この訳のなかで。
──まさに『源氏』の世界に入り込んでいらっしゃるんですね。その一方で、ご自身のオリジナルの小説を書きたいという衝動に駆られることはありますか。
角田 あります、あります。
──これをヒントにこういうものを書いてみたいみたいなものがあったりとか?
角田 いやいや、まだ。まだまだです。
──これだけの量を訳すと、いざ小説を書こうとすると文章とかのリズム感などがまた変わっているかもしれないですね。
角田 百枚くらいの短編とか物足りない気がして。こんなに短くていいのかなって思っちゃうかもしれません(笑)。
──角田版メガノベルの誕生ですね(笑)。中、下巻も楽しみに待っています。頑張ってください。そして訳し終わって、新作小説も待っています。
角田 『源氏』を訳し終わると、小説が変わるから、って皆が言ってくれるんです。自分でもそれを楽しみにしながら、すがりつく気持ちでやり遂げようと思ってます。
(2017・7・10)