物語に隠された、名画たち。宝探しのように楽しみたい、フェルメールの新たな物語。

レビュー

5
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フェルメールの街

『フェルメールの街』

著者
櫻部由美子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413107
発売日
2017/09/01
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

物語に隠された、名画たち。宝探しのように楽しみたい、フェルメールの新たな物語。

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

「時代背景や登場人物、ストーリー、どれを取っても魅力的でした」
「シンデレラってなんだろう、と考えたり、『手に職』の尊さを感じたり」
「『鬼姉妹』が個性を最大限に活かして進む姿に、たまったストレスも消えました」
 2015年秋、当時担当していたラジオの番組で、櫻部さんのデビュー作『シンデレラの告白』を紹介したとき、続々と反応が届いたことを今でもはっきりと覚えています。興味がわきましたというメールをいただけるだけでも嬉しいのですが、手に取って最後まで読んだ、という証の感想をもらえる嬉しさというのはまた格別なもので、番組をやっていて良かったと思えた記憶のひとつとして残っています。
『シンデレラの告白』の舞台は、15世紀末のヨーロッパ。性格が、ではなく、器量がよくないことから「鬼姉妹」と呼ばれている姉ヒルダと妹マリエッタは、再婚が決まった美貌の母とともに荘園から大都市へと移り住みます。新しい家族は、絹織物商の義父と病弱な美少女。彼らとの生活の中で、姉はドレスの仕立人として、妹は食糧調達人として周囲の信頼を得ていきます。やがて社交界デビューした2人は、ある恐ろしい噂を耳にするようになり─。
 幾人ものシンデレラが出てくるミステリーであり、最後の最後に粋な驚きが用意されている洒落た小説であり、自分の価値を自力で築き上げてゆく女子の物語としてもたいへん読みごたえのある作品でしたが、シンデレラの次の題材がなんと、日本にも熱烈なファンの多い画家・フェルメールだとは! わくわくしながら本を開き、最初の一文から惹きつけられました。
〈街路樹を洗った通り雨のしずくが、緑の葉の上で透明の水玉となって光っていた〉
 光の魔術師と呼ばれるフェルメールの物語だからこその書き出しです。
 彼が43年間の人生のほとんどを過ごした、オランダの古都として知られるデルフトの街の歴史を下敷きに、若き日のフェルメールの約2年をスリリングなフィクションに仕立て上げたこの『フェルメールの街』。歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物を発見した、幼なじみのレーウ(アントニー・レーウェンフック)など、個性際立つキャラクターが矢継ぎ早に登場し、すぐさま心をつかまれます。
 第1章は1652年から53年。6年間の画家修業を終えて故郷に戻った20歳のヨハネス・フェルメールは、実家の、宿屋兼居酒屋のメーヘレン亭で暮らしています。メーヘレン亭は父亡きあと母ディフナが切り盛りしており、ヨハネスはレンブラントの高弟のひとり、ファブリティウスの助手として彼のアトリエに通いながら、家の手伝いをしていたのでした。
 あるとき、ヨハネスはなりゆきで友人と訪れた娼館で、あどけなさを漂わせつつ蓮っ葉にふるまう女性、カタリーナと出会います。どこか痛々しく、それでいていとけない彼女を描いてみたいと強く思ったヨハネスは、娼館でカタリーナと会い続け、周囲の不安を押し切って結婚。芸術家としての自分には彼女が必要だと固く信じての結婚でしたが、カタリーナそっくりの兄・ウィレムは気になることを口にします。「そうか、君の名もヨハネスか」─。
 カタリーナの過去、デルフトの名産品である陶器をめぐる事件、ファブリティウスに肖像画を発注した実業家夫人の謎、レーウがかつて働かされていた亜麻農場のきな臭い噂、英蘭戦争の戦況……いくつもの不穏な事柄が自分と周囲の人々を取り巻く中、ヨハネスは1653年末、義母のティンス夫人の後押しを受けて職業画家としての一歩を踏み出すのですが、このティンス夫人をはじめ、ヨハネスの母ディフナ、レーウに恋をするビール醸造所の娘バーブラら女性たちが今作でも非常に魅力的に描かれていて、それぞれの持ち味と存在感をたっぷり感じさせてくれます。中でも、たくましい大女バーブラが物語上で果たす役割は非常に大きく、第2章の後半では多くの読者が心の中で快哉を叫び、彼女に拍手を送ることでしょう。要所要所を締めるディフナも、洞察力と胆力を兼ね備えた女性であることが、さりげない描写から伝わってきます。
 そして何といってもこの作品ならではの仕掛けは、現存する作品が30数点しかないと言われているフェルメールの絵画を─「牛乳を注ぐ女」や「取持ち女(遣り手婆)」、もっとも有名な「真珠の耳飾りの少女」などを─あちこちに見つけられること。彼の目に映り、創作のインスピレーションの元になったであろう人々や光景が、ストーリーの中に巧みに埋め込まれているのです。それらを発見する楽しみは、さながら宝探しのようです。 
 たくさんの人物を投入し、惜しみなく盛り込まれたエピソードに絡むいくつもの謎は、終盤、1654年にデルフトで起きたある大きな事件によってその真相が明らかになります。当時の世相や流行を織り込み、著者が注意深く、かつ大胆に作り上げたヨハネス・フェルメールの新たな物語。ラスト1行は、実は冒頭の1行と呼応しています。ストーリーが円環のように閉じられるまで、ぜひどきどきしながらページをめくってください。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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