『タフガイ』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
1974年の東京を舞台に描かれる これぞ私立探偵小説の正統派!
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
『喝采』に次ぐ探偵・浜崎順一郎シリーズの第二弾である。
一言でいえば、この作品は、浜崎が、有閑階級の家に生まれ、プロボクサー=タフガイに憧がれる少年を、醜悪極まる人間関係の中から救おうとする物語である。
探偵と少年というと、誰しもロバート・B・パーカーの『初秋』を思い浮かべるだろう。
だが、『初秋』がハードボイルドの枠組を大きく逸脱した点が魅力となっているのに対し、『タフガイ』の方は、あくまでも正統派のハードボイルド小説の手法を遵守している。
従って、少年を救おうとする物語である、と記したように、ラストで彼が救われるかどうかは、少年の主体性に委ねられており、浜崎はそれを傍観するしかない。
物語は、浜崎が事務所―新宿の歌舞伎町―の近くで、チンピラに絡まれていた少年、安藤大悟と、その女友達、岩井淳子を救い、二人を家に送り届けるところからはじまる。
大悟の家族は、葉山の別荘におり、そこで浜崎は、かつての少年院時代の悪ガキ仲間の柿沼石雄が、富豪・安藤庄三郎の息子に納まっていることを知る。
ここで浜崎は、庄三郎から石雄の義妹、つまり、庄三郎の娘、智亜紀の素行調査を依頼される。智亜紀は、歌舞伎町を根城としている“クマガミ”という男と付き合っているという。
ところが、この智亜紀が殺害されたことから、安藤家にまつわる人々の錯綜した人間関係と複雑な過去が浮かび上がってくる。
脇の登場人物も、既に『喝采』でお馴染みの榊原警部や、東京日々タイムスの古谷らが登場。彼らに加えて、情報屋で大人のオモチャ屋「宝屋」を経営している毛利負六(マスロク)・清水成美夫婦らが躍動してくると、こちらも嬉しくなってしまう。
事件が起こっている一九七四年の風俗や人心も正確に再現されており、浜崎の“卑しい街を行く騎士”としての風格も申し分ない。
「短い時間に、三度も“そのままで”と言われた。生活の大半を使用人に肩代わりさせていると、ほとんどのことは“そのまま”でいいらしい」などとR・チャンドラー風の言いまわしも気が利いており、同じ作者の〈探偵竹花〉シリーズとともに、近年、これほど端正な私立探偵小説は珍しい。
そして誰もが、大悟が真のタフガイになることを、祈らずにはいられないだろう。