「第二次南北戦争」を題材に描く暴力の連鎖

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  • アメリカン・ウォー(上)
  • ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上
  • 東海道戦争〔改版〕

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「第二次南北戦争」を題材に描く暴力の連鎖

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 もしもあのとき○○だったら。その想像はどこか甘やかだ。未来を分けた、そのわずかな差を見つめて人びとは感嘆し、「いま」という安全な場所から消費する。

 けれど、オマル・エル=アッカドの『アメリカン・ウォー』(黒原敏行訳、上下巻)を読めば、そうした余裕は根こそぎ奪われる。書きつけられている言葉のひとつひとつが、私たちの中に当然のように存在している感情を引きずり出し、ありうべき悲劇へと着実に結びつけるのだ。

 舞台は温暖化が原因で沿岸地域が水没しつつある近未来のアメリカ。化石燃料の使用を禁止する法案に反発した南部の州が独立を宣言し、合衆国は内戦に陥ってしまう。つまりは「第二次南北戦争」の勃発だ。物語は、境界線近くに住むありふれた家族が辿った悲惨な経緯を克明に描き出す。

 不条理な線引き。他国の介入。自爆テロ。史実の南北戦争の構図はもちろん、目下イスラム圏で起こっている戦争の構造をも巧みにオーバーラップさせ、現実の主客を鮮やかに転倒させる手腕に舌を巻く。なにより、はちきれんばかりに健やかだった主人公の少女が、汚物の川に沈められ、消えない傷を繰り返し刻まれるうち、心からすっかり柔らかさが失われていく過程に声を失う。理不尽な暴力に晒され続けた人間が武器を手にしたとき、どれだけ残酷になれるのか――この小説は、すべての戦争の真実を代弁している。

 アメリカ国内の分断といえば、第二次世界大戦で日本とドイツが勝利した後の世界を描いたフィリップ・K・ディックの名作『高い城の男』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF)をはじめ、最近ならピーター・トライアスの『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(中原尚哉訳、ハヤカワ文庫SF、上下巻)が話題を呼んだが、日本を舞台にした傑作なら筒井康隆東海道戦争』(中公文庫)は外せない。メディアに煽られ、昂揚感と勢いだけで自覚もないまま事を起こしてしまう民衆の姿――それはもはやディストピアですらなく、「トランプ以後」の世界を生きる私たちの鏡像なのだ。

新潮社 週刊新潮
2017年9月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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