歓喜と悲嘆を熱く共有 この一冊とともに真の意味でガリと出会う

レビュー

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夜明けの約束

『夜明けの約束』

著者
ロマン・ガリ [著]/岩津 航 [訳]
出版社
共和国
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784907986407
発売日
2017/06/09
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

歓喜と悲嘆を熱く共有 この一冊とともに真の意味でガリと出会う

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 ロマン・ガリは、いちおうは日本でも知られた存在といえるだろう。フランス最高の文学賞ゴンクール賞を受賞後、正体を隠しエミール・アジャールの変名でも同賞を授賞するという離れ業をなしとげたことや、『勝手にしやがれ』の主演女優ジーン・セバーグの夫だったことなど、話題には事欠かない。だが、ガリがどれほど凄い作家だったか、日本の読者は本当には知らずにきたのではないか。「ロマン・ガリの最高傑作といわれる『夜明けの約束』が、いままで日本語で紹介されてこなかった理由は、正直なところ、私にはわからない」。訳者解説にそう記されているとおりだ。何しろこれは掛け値なしに素晴らしい作品であり、この一冊とともにわれわれはようやく、真の意味でガリと出会えるのだ。
 一人称で書かれたテクストの内容はもっぱら、女手ひとつでガリを育てた母親の想い出であり、母子家庭のたどった道のりがつぶさに回想されていく。「私小説」的、あるいはフランスで昨今大はやりの「オートフィクション」の先駆とみなしうるような作品だが、自己の殻に閉じこもった狭苦しさはみじんもない。何しろ破天荒なパワーあふれる母親であり、冒険に満ちた日々なのだ。ガリが物心ついたころすでに父親の姿はなく、母子はポーランドのヴィルノで手元不如意な暮らしを余儀なくされていた。だが、母親は圧倒的な愛情で息子を包み、かつまた息子の将来に法外な夢を託して、それを支えに日々奮闘を続ける。母によればガリはいずれノーベル賞級の大作家になり、かつまた「フランツスキ・ポスラニク」つまり「フランス大使」になるというのである。
 フランスへの激しい憧れを抱く母はついに南仏移住に踏み切り、ガリは猛然とフランス語で文学修行に邁進する。彼は異国語をわがものとして見事、文壇にデビューを果たし、やがては外交官としても堂々のキャリアを歩むことになる。それも母が息子のうちに情熱と勇気を注ぎ込み続けたからであり、息子は重圧にあえぎながらも、自分が母の「作品」であることを片時も忘れることなく、過剰なまでにその期待に応え続ける。
 そうした両者の関係は、第二次大戦勃発とともに新たなドラマをはらむことになる。息子を溺愛すると同時に、フランス崇拝にかけても人後に落ちないユダヤ人の母は、いかなる覚悟で息子を戦火のなかへ送り出したのか。たちまちフランス軍が瓦解したのち、息子は自由フランス軍に身を投じる。それもまた母の願うような英雄になるためだった。敢然とレジスタンスの道を選んだのちの展開を描くガリの筆致には、自己陶酔的なところはまったくない。それだけに「五十人の操縦士のうち、戦争終結時にまだ生きていたのは三人だけ」という部隊に属したことの意味が鮮烈に迫ってくる。そしてまた戦争によって離ればなれになった母と息子のドラマは、ほとんど神話的というべき高みに達する。
 母親譲りのパトスと饒舌にユーモアをたっぷりまぶし、誇張とエモーションに満ちたガリの文章は、読む者を激しく揺さぶり、歓喜と悲嘆を熱く共有させる。「私が心臓の鼓動を止めずにおくのは、ただいつだって愚かな人間が好きだったからだという気がするのだ」。そんな殺し文句に、読者はまんまとやられてしまうだろう。そしてガリの未紹介作品をもっと読みたいという思いにさいなまれるに違いない。

週刊読書人
2017年7月14日号(第3198号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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