近現代一五〇年間を書物を通して通覧 書物は、そしてわたしたちはどれほど変わったのか

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近現代一五〇年間を書物を通して通覧 書物は、そしてわたしたちはどれほど変わったのか

[レビュアー] 長谷川一(明治学院大学教授)

 幕末・明治期から今日にいたる日本の近現代一五〇年間を、折々に画期となった書物をとおして通覧するのが本書『日本の時代をつくった本』である。
 一五〇年前といえば一八六七年、江戸幕府による支配体制が大政奉還によって終焉した年だ。坂本龍馬が暗殺され、夏目漱石や正岡子規が生まれた年でもある。一世紀半を経る間にわたしたちは、ずいぶん遠くまで来てしまったのか、それともさほど変わっていないのか。
 本書を支えているのはつぎのような考え方だ。「振り返ると、その時々に合わせて書物がつくられてきた。書物は時代を映す鏡だ。時代が書物をつくる。詩歌や小説が書かれ、海外の作品が翻訳され、雑誌がつくられた。それだけでなく、書物が時代をつくることもある。たとえば福沢諭吉『学問のすゝめ』は明治の精神に大きな影響を与えた。『少年マガジン』や『少年サンデー』などマンガ誌は戦後ベビーブーマーたちの心をとらえ、のちに独自の文化を築き上げる基礎となった。」(「はじめに」より)
 構成は本書の時代区分と結びついている。まず前史として江戸期の出版を概観する序章につづき、第一章は明治、第二章は大正、第三章が昭和前期(戦前)、第四章が昭和後期(戦後)、第五章が昭和後期から平成を扱う。そして第六章で主要な出版社を、第七章では著名な出版人を紹介する。
 具体的には、サミュエル・スマイルズの『西国立志編』にはじまり、全部で百十点ほどが取り上げられ、編年式に整理されている。書籍だけでなく、『萬朝報』のような新聞や『暮しの手帖』のような雑誌、「カッパブックス」のような新書シリーズも含まれている。
 選書にかんしては必ずしも明確な基準はないとの断り書きがあるが、全体にこれまでの日本の出版史研究の知見に則った書物が選ばれている印象で、その意味では「王道」といってもいいくらいだ。それでいながら『ぐりとぐら』(中川李枝子・山脇百合子)などを取りあげる姿勢が好ましい。
 各項目には著者の来歴がまとめられており、製紙、活版、オフセット、取次システム、雑誌コードといった出版産業にかかわる諸技術も紹介されている。
「幕末から現代までの社会と文学をビジュアルで読み解く」というキャッチフレーズどおり、上製・大判、上質の紙をつかい、ふんだんに盛り込んだ写真を活かすことを狙った造本である。どちらかといえば図書館に収蔵され、ひろく読まれることをめざす本であろう。
 さて、この一五〇年間で、書物は、そしてわたしたち自身はどれほど変わったのか、また変わらずにいるのか。その問いは「書物」や「本」なるものをそもそもどうとらえてきたか/とらえるか/とらえたいかという視点、思考の枠組みの検討と不可分だろう。たとえば五十年後に同じく『日本の時代をつくった本』というタイトルをもった書物が成り立つとしたら、どんな条件が必要だろうか、などと妄想をふくらませつつ、ぼくはこの書物を読んだ。

週刊読書人
2017年7月14日号(第3198号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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