『泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部』 酒見賢一著

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泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部

『泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部』

著者
酒見 賢一 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163906614
発売日
2017/06/26
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部』 酒見賢一著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

豪放、魅惑の三国志完結

 諸葛孔明を主人公とするこの「酒見流三国志」は、第壱部が2004年に刊行されている。それからおよそ13年、ついに完結を迎える第伍部を手に取ったとき、私は一人の読者として思わず胸が熱くなった。本作を初めて読んだのは約10年前。ハチャメチャで一癖も二癖もある世界観にたちまちやられてしまったのを、いまも鮮烈な読書体験としてよく覚えている。

 荒くれ者の集まりで、しんみりといい顔をする主君の魅力によって辛うじてまとまっている劉備軍団。電光石火の人材収集癖男・曹操率いる魏。さらに呉の強面(こわもて)の武将たちが話すのは、「仁義なき戦い」風の広島弁(!)だ。そのなかで白羽扇をぶらつかせる孔明は、度肝を抜く謀略や奇行に誰もが眉をひそめる変人として描かれる。とりわけ前半の孔明の出廬(しゅつろ)から「赤壁の戦い」に向かう怒濤(どとう)の展開には、幾度となく声を上げて笑わされた。

 また、小説の語り手自身が頻繁に登場し、正史「三国志」や「三国志演義」などの逸話を紹介、ときに豪快なツッコミを入れ、独自の歴史解釈を披露する手法の見事さに中毒性がある。三国志をめぐる様々な故事が博覧強記の語り手に抱え込まれ、熱烈に読み継がれてきた物語の魅力をたっぷりと堪能させてくれるのだ。

 さて、完結編である第伍部では、孔明の南征、五度の北伐と五丈原での最期が描かれる。関羽や張飛、そして劉備はすでに亡く、奇怪な策を講じる孔明の背中にも一抹の寂しさが漂う。その様子を読んでいると、軍師に策を丸投げしながら「忍びぬぅ!」と唐突に義心を炸裂(さくれつ)させ、「ダーッハハハ」と能天気に笑う劉備の姿が、数々の名シーンとともにしみじみと心に浮かんだ。妙に湿っぽい気持ちになったのは、私が著者の描いてきた個性的な英雄たちを愛してしまっているからなのだろう。完結を機にあらためて多くの読者に、この唯一無二の三国志世界を体験してもらいたいと思った。

◇さけみ・けんいち=1963年福岡県生まれ。89年『後宮小説』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。

 文芸春秋 2400円

読売新聞
2017年9月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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